2017年8月19日土曜日

20代をどう生きるか

もうすぐで秋学期が始まります。秋学期でティーチングアシスタント(TA)として2つのコースをもつ予定です。その1つのコースはCapstoneコースと言い、MPH学生(特に国際保健の仕事をしたい学生)の就職活動を準備するコースです。履歴書、カバーレター作成方法、面接の準備、途上国での生活、仕事と家族などのバランスのとり方などを教えるクラスです。私がこのようなコースのTAになり、MPH学生の就職活動をサポートするとは思ってもみませんでした。コースの中で私は途上国での生活について講義をする予定です。

就活中の私としてもなんてタイムリーなコースだと思っています(笑)。

コースの中でMPHの学生が読まなけばいけいない読み物としてThe Defining Decade:Why Your Twenties Matter--And How to Make the Most of Them Nowという書籍があてられています。秋学期が始まる前に読もうと思い面白くて数日で読みました。著者(Dr. Meg Jay)はTEDトークでもプレゼンをした有名なカウンセラーの先生です。

簡単に内容を言うと20代で培うことが今後の人生を左右するということです。研究によると20代の経験が人格形成の8割に影響を与えるそうです。何の目的なく人生を歩むのではなく、20代のうちに目標に向かって何か新しいことに経験したり、勉強したり、配偶者をみつけたり意義のあることをしようということです。著者は仕事、恋愛、健康(高齢出産のことも)などの分野に分けて20代ですべきことを著者の患者のストーリーを通じて書いています。20代、30代にとっても良書だと思います。

ぜひ著者のTEDトークみてください。日本語の字幕のTEDトークはこちら








2017年7月20日木曜日

PhD学生の就職探し

長らくブログを更新しませんでした。元気です。特に変わったことなく、毎日博士論文を書き、リサーチアシスタントとしてもくもくと働く日々が続いていました。博士論文は最終章を書いており、あと2,3ページを書き加えて、論文書きを終了します。あとは博士論文審査委員会の議長、マーク先生をはじめとし、その他の教授にみてもらうのみ。

何事もなければ秋セメスターに博士論文の口頭審査を終えて卒業する予定です。卒業が待ち遠しいです。3年ちょっとで卒業なら予定より少し長い期間でしたが、平均博士課程の在籍より短いです。平均は5年です。

夏から年末にかけて就職活動をしていくつもりです。私はPhDの学生にとって異色な非学術の世界で就職活動をしたいと思っています。就職先としては国際機関や国際NGOです。タイにあるメータオクリニックみたいな地域に根差した場所で仕事をするのは楽しいですが、PhDはそのような組織には不要です。そして安月給で家族を養っていくことは不可能です。

高学歴すぎになるし、できれば難民や移民の人たちがどのようにしたら医療機関に受診しやすくなるか政策レベルで考え、時々フィールドにでかけて調査するかんじで働きたいと思っています。メータオのような草の根の組織はとても重要なのですが、政策レベルで働きかけないと難民、移民の健康問題の根本的な問題は変わりません。例えばパスポートもワークパーミットもない難民、移民が保護国で医療保険なしに医療機関の受診をし、強制送還されないためにはどうするか等を考える仕事につきたいです。

一方でPhD卒業後多くの学生がポスドク研究員や助教授として大学で就職します。周りが大学で就職する人が多いので大学で就職しなければいけないのかしらという気にかられますが、流されないように気をつけています。同じPhD課程で勉強する友人から米国の大学で働く人ようの指南書をかり、読みました。もしアメリカでPhDを取得し、アメリカの大学で就職したい人にはお勧めの本です(The Professor Is In) 。



興味深く読みましたがアメリカの学術の世界で活躍するなんて私には到底無理だわと思いました。学術論文の投稿から助成金獲得まで翻弄される生活なんで無理です。

夏休みがあと1か月少しで終わります。残りの学生生活を悔いのないように過ごしたいと思います。

2017年5月7日日曜日

PhDのABDとは

分析が終わり、博士論文の結果を書いています。論文を書きながらリサーチアシスタントとして2つのプロジェクトに関わっているので毎日慌ただしいです。

1つはマーク先生のハリケーンカトリーナに関連したベトナム移民のプロジェクトでデータコレクション(インタービュー)やデータマネージメントに関わる仕事です。同じプロジェクトで働く助教の先生が育児休暇を2か月取りはじめたので彼の仕事を私が代行でやっています(ちなみに働く男性が育休を取るのが当たり前になっているアメリカはすごい!)。

もうひとつは大学院の先生とともにUNAIDS(国連連合エイズ合同計画)のコンサルの仕事をしています。モロッコに住む女性のセックスワーカーについてのプロジェクトなのですが最近している仕事の中で最も面白いプロジェクトです。どっちの仕事の内容もまた時間があるときにブログに書ければと思います。

今日のテーマはPhD課程のABDについてです。PhDの学生にはABDと呼ばれるステータスにいる人がたくさんいます。私もその一人です。ABDとはAll but dissertationという略語でコースワークと総合試験は終了したけど博士論文は書き終えていない人たちのことを指します。ABD期間に論文を書くのが嫌になり鬱になる人結構います。

ABDの期間が長くなり、なかなか卒業できない人たちの原因は
①パートタイムやフルタイムワーカーとして仕事をしながら論文を書くのが難しい。
②論文を書いた経験がなく時間がかかる。または論文のテーマが決まらない。変更した。論文に取り掛かるまでの時間が長い。
③データコレクションを自分で行わなればならない。倫理委員会の審査、データコレクションのための資金確保など時間がかかる。
④わざとABD期間を延ばす。その間に博士論文以外の論文を執筆し学術雑誌に投稿する。功績が次の就職活動につながる。
⑤出産をし育児をしながら論文書きが難しい。
⑥博士論文審査委員会のメンバーが論文を読んでくれない。読むのが遅い。

などなど挙げればきりがないのですが⑥は列挙した中でも、深刻な原因で多くのPhDの学生が頭を抱えているのをみてきました。正直に言うとマーク先生は⑥の読むのが遅い教授に入ると思います。そのことを知っているので他の人に比べてかなり早い時期から論文に取り掛かり、今のところ同期の中では私が一番卒業に近いと考えられます。ただしブログに以前登場したパキスタン人の友人は今年の3月記録的な早さ(3年未満)でPhDを卒業しました。彼はものすごく頭がいいのと、お子さん2人と奥さんが故郷で待っていることもありかなり頑張って先生の協力も得、卒業しました。

同じくマーク先生を審査委員会に持つPhD5年目の友人がいるのですが、この5月に卒業ができなくかなり落ち込んでいます。マーク先生、早く彼女の論文を読んで卒業させてあげて!と思うのですが卒業の目途はたっていません。恐ろしや。彼女は論文の取り掛かりが遅かったので卒業が延び延びになってしまいました。

読むのは遅いけど私の場合はマーク先生が私の教授でよかったと思います。移民の勉強をするのは大学院ではこの先生しか思い浮かばないし、放任主義の教授ではないし、学生を大切にしてくれる。几帳面であとは相性が合います。Disorganizedの先生にあたるほうが嫌です。

博士論文にしっかりと目を通すこともなく卒業させる教授も中にはいたりしてびっくりするのですが、教授選びはPhD取得までの運命を左右するといっても過言ではありません。今からPhDで勉強する方、教授選びを慎重にしましょう。

最後にアメリカのPhD学生なら誰でもが知っていると思われるPHDcomicsより漫画です。この漫画に登場する学生の気持ちがよくわかる!




2017年4月16日日曜日

奴隷について考える

気がつけば4月も半ば。ティーチングアシスタントやリサーチアシスタントの仕事でとても忙しく過ごしていました。今年の夏か年末までに卒業を考えています。博士論文は分析が終わり、結果と考察を書いている最中です。就職が決定してから卒業しようと計画しています。

卒業でニューオーリンズを去る前に今まで行ったことのなかった動物園に行ったり、ミュージアムに行ったりしています。

今日はWhitney Plantationを訪問しました。車で1時間ほどのニューオーリンズの郊外にあります。プランテーション(大農園)はアメリカにおける奴隷の歴史を学ぶ上で重要な場所です。以前のブログ(12 Years a slave それでも夜は明ける)でプランテーションで働く奴隷についての映画をみたことを書いています。映画を観た後からずっとこのWhitney Plantationを訪問したいと考えていました。

本日訪問したプランテーションの奴隷の多くはアフリカのセネガルから連れられてきた人々です。ニューオーリンスの港で売り買いをされ、このプランテーションで強制労働させられることになった奴隷の家やオーナーの家などを見ることができました。ツアーガイドさんがとても熱心に勉強されている方で奴隷がどのように生活してきたのかなども詳しく話を聞くことができました。

アメリカにはたくさんのプランテーションがあり美しいプランテーションオーナーの家をミュージアムのように一般公開しているのですが、驚くべきことに全米でこのWhitney Plantationのみが奴隷問題に焦点をあて奴隷の家や牢屋などを公開しています。このWhitney Plantationがミュージアムとしてオープンしたのは2014年12月。とても最近のことです。

 Whitney Plantationのオーナーの家。17世紀に来たドイツ人移民一家だそうです。

奴隷たちが暮らしていた小屋の近く

 奴隷の家入口

奴隷の小屋の中(とても狭くベッドとテーブルぐらいしか入りません)

奴隷の牢屋。奴隷が売られる前にニューオーリンズの港で使われたり、プランテーションの中でも脱走した奴隷を閉じ込めるためになどとして使われたそうです。服もなく裸で動物のように扱われたとガイドさんが語っていました。

プランテーションの中で若くてかわいい奴隷の女の子たちはきれいな服を身に着け、オーナーの家で過ごすことができたものの、オーナーやその訪問者たちの性のおもちゃとして扱われたと説明されました(まるでみた映画の内容そのもの)。

最後の写真は衝撃的で少し閲覧注意です。ニューオーリンズ郊外で脱走し蜂起をたくらんだ200人近くの奴隷が警察やオーナーによって斬首された事件があったそうです。そのメモリアル像たちです。怖い。。。


同じ人間が行ったとは思えない奴隷制度。今では考えられません。アメリカに長年住んでいるとよくわかるのですが白人と黒人の貧富の差は目でみても明らかです。奴隷制度が廃止されても読み書きも何もできなかった奴隷達が白人と同じように人生を再スタートしても、白人には追いつきようがありません。

一日訪問してたくさんのことを考えさせられました。今からニューオーリンズに訪問される方にはこのWhitney Plantationの訪問をお勧めしたいと思います。

2017年3月12日日曜日

学校、職場での搾乳について考える

国際女性の日に大学院で、母乳で育てるお母さんの搾乳について考えるというセミナーがありました。社会学部の教授の研究プレゼンだったのですが、このセミナーに参加するまで搾乳についてじっくり考えたことはありませんでした。

そのセミナーの大きなテーマは搾乳をしているお母さんの思いというものでした。
研究の対象になったのはチュレーン大学内で働く教授、スタッフ、勉強する学生の中で赤ちゃんを完全母乳で育てるために学内で搾乳をしている方々(30名ほど)です。

ここでなぜ完全母乳と搾乳が関係があるか説明します。

多くの方がご存知のように国際保健機関では生後6か月まで赤ちゃんを母乳のみで育てることを推奨しています。これを完全母乳といいます(略して完母)。母乳にはたくさんの栄養や病気を防ぐための抗体が含まれているためです。6か月以降も離乳食を導入し、可能であれば2歳くらいまで母乳を推奨している国が多いです(以前投稿したIYCFのブログをご覧のとおり、赤ちゃんと乳児の栄養についてリサーチアシスタントして研究をしてきたのでこの分野は人より詳しいです)。

その完母を続けるにあたり、働くお母さんたちは職場や学校で一定時間を空けて搾乳をする場合が多いです。胸が母乳で張ることや搾乳し続けなければ母乳が止まっていまい完母ができなくなることがあります。

話の内容をもとに戻します。今の大学では6週間の産後休暇が一般的で、職場に復帰し搾乳をする方がたくさんいます。大学には10数か所以上Lactationルームと呼ばれる母乳の部屋が設置されています。赤ちゃんに母乳をあげたり、搾乳ができる部屋です。

そのLactationルームや職場のオフィスで搾乳をすることをどう思うかが研究内容だったのですが、インタビューに答えた多くのお母さんが赤ちゃんのために搾乳することは使命であるし最低1年を続けることが私のゴールであるという声が多数でした。搾乳は苦痛ではないという人がいた一方で、うまく搾乳ができない、ストレスという負の意見もあり研究のインタービュー中に泣き崩れてしまうお母さんが結構いたそうです。

印象だったのは6か月の赤ちゃんを育てる医学生のお母さんは病院実習中に時間通りうまく搾乳できず、指導者の医師に搾乳したいと言えずどうしたらいいのかわからないと泣き出したという話でした。

気がつけば私の仲がよいPhDの同期もみんなで総合試験の勉強中搾乳をしによく席を外していたなと思います。タイの研究所でもオランダ人同僚の医師は難民キャンプで堂々と搾乳していました。

ふと考えてみたのが日本では搾乳って一般的なのかどうか。

赤ちゃんを育てる日本居住する数名の友人のうち、全員6か月以上の育休をとっているか職場を退職しています。子どもが1,2歳になりパートで復帰というパターンが結構多いです。おそらく私の友人たちは職場などで搾乳したことはないと思います。そして私の中で日本でLactation Roomがある企業ってどのくらいあるのか疑問です。

もう5年以上前になりますが少なくとも今まで勤めた病院にはLactation Roomなんてなかったような気がします。気になって日本語でインターネットでも”職場での搾乳”について検索した結果、職場で搾乳専用の部屋がない、上司に搾乳するために職場を少し抜けたいと相談すると長く育休をとるように勧められたなどの多くのマイナス意見がありました。

なんて後進国なんだ日本。。。

アメリカでは子どもを産んで仕事を辞めてしまう、パートになるお母さんは少ないと思います。今の大学院内でも最近女性の教授(42歳!ちなみに彼女の初産は38歳でした。大学院では晩産が普通です)が春に3番目の赤ちゃんを出産する予定であることを知りました。もちろん彼女は産後休暇後復帰します。2番目の赤ちゃんと同様に職場で搾乳されると思います。よく2番目の赤ちゃん出産後にはオフィスの前に( Please don't disturb. I'm pumping:搾乳中なので訪問ご遠慮ください)と書かれていました。

日本もキャリアを中断したくないお母さんたちのために搾乳専用の部屋を職場で設けることを法律で義務化したり、お母さんたちがいつでも気軽に搾乳できる環境を作ればと思います。女性が輝く日本と掲げるのであれば早期の職場復帰、搾乳を推進しないとだめだと思う今日この頃です。

こういう貼り紙が日本中の職場にあればいいのになあ。




2017年3月1日水曜日

学力の差はなぜうまれるのか

ティーチングアシスタントとして修士課程の学生さんたちのクラスを受け持つようになり思ったことがあります。なぜ学力の差が生まれるのかです。それはやる気だと思います。

TAアワーと言われるティーチングアシスタントのオフィスアワーがあります。修士の学生さんは私にアポを事前にとらなくても、オフィスアワーの時間帯であれば誰でも宿題や試験について私に聞くことができます。

そのTAアワーに来る学生さんはほとんどと言っていいほど成績がよい学生さんたちです。宿題、試験でも満点が取れるような人たちが多く優秀です。一方宿題でも試験でも70%以下の点しか取れていない学生さんほどTAアワーや教授のオフィスアワーに現れません。私がもし70%しか点数が取れていない学生だったらTAアワー、教授のオフィスアワーに毎回出現すると思うのですが、そうではない学生さんが結構います。おそらく彼らは単位を取れればよいかぐらいなやる気なんだと思います。高い学費を払っているのに中途半端な理解力で卒業するのは不安ではないかと不思議です。

私にとって英語は母国ではないのですが、理解力は語学の問題ではないのだなとアメリカに来てから感じます。要は本人のやる気かなと。日本人として米国の大学院に留学し、母国語じゃない英語で勉強についていけないのではないかと不安に思う方が多いかと思いますが、TAアワーや教授のオフィスアワーを利用ししっかり予習、復習すればアメリカ人よりもいい点が取れます。アメリカ人でない私もGPA3.7以上を修士も博士も取ることができました。やる気、忍耐、行動力があれば日本人でも優秀な成績で卒業できると思います。

下の動画は私の好きな教育に関するTEDトーク。日本の字幕もあると思います。




2017年2月19日日曜日

竜巻後のニューオーリンズ東部

2月9日に巨大な竜巻が発生しニューオーリンズ東部を襲いました。ニューオーリンズ東部は黒人やベトナム移民が住む貧しい地域です。ハリケーンカトリーナでは多くの死者がこの地域からでました。リサーチアシスタントの関係で博士課程では東部に何度も訪問しています。

今日は東部を訪問し、教授のマーク先生と職場の同僚達と瓦礫の撤去を手伝うボランティア活動に参加しました。

被害にあったのは600件の家屋で、その半数が半壊です。幸いなことに死者はありませんでしたが被災地の光景は東日本大震災を思いだすような悲惨な光景でした。




私が住む地域は都会でビルがたくさんあり、竜巻が襲うことはありませんでしたが、空き地が多い東部はたくさんの被害がでました。竜巻がニューオーリンズを襲うことはめったにありません。地球温暖化が竜巻発生につながっているのだろうと専門家は伝えています。

一日でも早くニューオーリンズ東部が復興しますように。