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2017年12月18日月曜日

本当にさようなら、ニューオーリンズ

明日の夕方ニューオーリンズから旅立ちます。修士と博士課程合わせて4年半住んだニューオーリンズ。なんだか長編のハリウッド映画を観ていたような留学生活でした。例えてみれば映画フォレストガンプの一部を観ていたような感覚です。

担当教授のマーク先生をはじめとし、素晴らしい先生方、たくさんの友人たちにも恵まれ博士課程は毎日とても楽しかったです。博士課程は精神的に辛いよとよく経験された人が言いますが、辛い、やめたいと思ったのは一度もありませんでした。人間関係に悩むってことも一度もありませんでした。

ただマーク先生にサヨナラをいうことが一番切なく少し泣いてしまいました。先生も半泣きでした。学校以外のプライベートでも先生と先生の奥さんと一緒にご飯に行く機会が多く、家族ぐるみでピクニックに行ったり、野球観にいったり、カヌーに行ったりもしました。娘のように可愛がってもらい感謝しています。こんないい先生を指導教官として持てたことは私はとても恵まれていたのだなと思います。

自分の居心地のよい場所から新たな場所へ向かうのはエネルギーを使い、不安がつきまとうものです。「あなたにはそんなことできない。無理だ。」っていう人も現れるかもしれません。でも自分の人生を決めるのは自分次第。難しいことほど乗り越えたあとの爽快感や学んだことは言葉にできないほどの価値があるとこの大学院留学で実感しました。

卒業後は外務省から派遣されるJPO(ジュニアプロフェッショナルオフィサー)として1月末から移住の問題を専門に取り扱う国連機関で働くことが決まっています。勤務地は東南アジアです。難民、移民問題に関わる仕事に関わることができ、安堵していますがこれはまだ始まりにしか過ぎないと気持ちを引き締めていきたいと思います。国連での仕事を獲得するのが目的でなく、仕事で一人でも多くの難民また移民が健やかに暮らせるような世の中にすることが神様から与えられた私のミッションだと思っています。

次の現場での仕事に不安はありますが、ワクワクする気持ちでいっぱいです。

このブログは今日で終わりにしたいと思います。修士課程から始め長い間私の徒然日記にお付き合いいただきどうもありがとうございました。先生方、友人をはじめとし、理解ある夫や家族にも感謝しきれません。そしてさようなら私の大好きな街ニューオーリンズ。

Merry Christmas! Happy New Year!


 私のオフィスからみたニューオーリンズの景色




2017年11月13日月曜日

論文の口頭試験に合格

金曜日に最終の論文口頭試験(Defense)を受け、無事に合格しました。Honors(優等)でパスしました。

論文の発表は30分だけなのですが、その後1時間もの質問を受けました。1時間の質問は博士論文審査委員会のメンバーからと一般聴講者からです。口頭試験には20人近くの人(友人とお世話になった先生方)がみに来てくれました。今まで参加した口頭試験でこんなに参加者が多いのは初めて見ました。思わず論文発表前に「私ってこんなに有名だったんですね。知りませんでした(笑)」と言ってしまいました。

1時間の口頭の質疑応答、本当に疲れました。途中で集中力がなくなりそうでした。予想もしなかった質問もたくさんあり焦りました。うまく答えられなかったなとも思ったりしていましたが、優等でパスすることができました。母国語が英語でない私でもよい結果を出すことができ光栄です。

合格発表後には職場の同僚、教授、友人などがサプライズケーキを用意してくれていて、みんなで一緒に食べました。ちょっと泣けそうでした。試験の前日は私の誕生日だったのです。恵まれた環境でたくさんの方に支えられてきたことを実感しました。



今週一週間は少しの論文を修正し、学校に提出して終わりです。12月末までに博士論文を学術雑誌に投稿することが目標です。正直もう論文みたくないけど。。。

明日は博士課程最後の講義です。博士課程になり毎学期2-3回、ゲストレクチャーとして講義をさせてもらっています。明日は修士1年生の学生さん向けに難民と健康についての授業を行う予定です。最後の講義気を抜かずに終えたいと思います。

そして残り1カ月のアメリカ滞在を楽しみたいと思います。

2017年9月25日月曜日

米国生活残り3か月

ブログを長らく更新してませんでしたが、無事に生きています。新学期が始まりドタバタしていたらあっという間に9月下旬になっていました。

アメリカでの生活も残り3か月を切りました。早速12月のアジアに帰る航空券を買ってしまいました。ミャンマーによって日本へ帰国する予定です。まだ論文審査委員会の先生方全員からはOKをいただいていないのですが、おそらく11月上旬に博士論文の口頭審査試験を受ける予定です。この審査に通れば晴れて12月に卒業です。卒業登録願いも先月提出しました。この口頭審査試験は大学院の誰でも出席することができ、私の友人や他の教授もおそらく見に来ることかと思います。

そしてこの夏にひっそり行っていた就活が実を結び、来年冬からの就職先がほぼ決まりそうです。この夏ニューヨークで面接を受けていました。就職先は私の大好きな東南アジアになりそうです。また就職内容については後日正式に決まれば書きたいと思います。就職の見込みが決まるとあまり期待していなかったので、よいお知らせをいただいたときは嬉しくて信じられませんでした。

マーク先生は私が卒業することについて、とても寂しそうですが(周りの人に悲しいと言っているそうです)、就職がほぼ決まったことより12月末までに私を卒業させねばとサポートしてくれています。ありがたい。

修士課程と博士課程合わせて5年近くいたアメリカからあと3か月でお別れとは未だに想像がつきません。タイやミャンマーで過ごした3,4年間と同じように数えきれないほどのことをここで学びました。国際社会で生きていくうえでのたくましさを培ったのが一番の成長かなと思います。アジア文化では敬遠されがちですが、Assertiveになったと思います。


こんなきれいなミシシッピ川の夕日を見ることができるのはあとわずか。悔いのない充実した3か月間を過ごしたいと思います。




2017年8月19日土曜日

20代をどう生きるか

もうすぐで秋学期が始まります。秋学期でティーチングアシスタント(TA)として2つのコースをもつ予定です。その1つのコースはCapstoneコースと言い、MPH学生(特に国際保健の仕事をしたい学生)の就職活動を準備するコースです。履歴書、カバーレター作成方法、面接の準備、途上国での生活、仕事と家族などのバランスのとり方などを教えるクラスです。私がこのようなコースのTAになり、MPH学生の就職活動をサポートするとは思ってもみませんでした。コースの中で私は途上国での生活について講義をする予定です。

就活中の私としてもなんてタイムリーなコースだと思っています(笑)。

コースの中でMPHの学生が読まなけばいけいない読み物としてThe Defining Decade:Why Your Twenties Matter--And How to Make the Most of Them Nowという書籍があてられています。秋学期が始まる前に読もうと思い面白くて数日で読みました。著者(Dr. Meg Jay)はTEDトークでもプレゼンをした有名なカウンセラーの先生です。

簡単に内容を言うと20代で培うことが今後の人生を左右するということです。研究によると20代の経験が人格形成の8割に影響を与えるそうです。何の目的なく人生を歩むのではなく、20代のうちに目標に向かって何か新しいことに経験したり、勉強したり、配偶者をみつけたり意義のあることをしようということです。著者は仕事、恋愛、健康(高齢出産のことも)などの分野に分けて20代ですべきことを著者の患者のストーリーを通じて書いています。20代、30代にとっても良書だと思います。

ぜひ著者のTEDトークみてください。日本語の字幕のTEDトークはこちら








2017年7月20日木曜日

PhD学生の就職探し

長らくブログを更新しませんでした。元気です。特に変わったことなく、毎日博士論文を書き、リサーチアシスタントとしてもくもくと働く日々が続いていました。博士論文は最終章を書いており、あと2,3ページを書き加えて、論文書きを終了します。あとは博士論文審査委員会の議長、マーク先生をはじめとし、その他の教授にみてもらうのみ。

何事もなければ秋セメスターに博士論文の口頭審査を終えて卒業する予定です。卒業が待ち遠しいです。3年ちょっとで卒業なら予定より少し長い期間でしたが、平均博士課程の在籍より短いです。平均は5年です。

夏から年末にかけて就職活動をしていくつもりです。私はPhDの学生にとって異色な非学術の世界で就職活動をしたいと思っています。就職先としては国際機関や国際NGOです。タイにあるメータオクリニックみたいな地域に根差した場所で仕事をするのは楽しいですが、PhDはそのような組織には不要です。そして安月給で家族を養っていくことは不可能です。

高学歴すぎになるし、できれば難民や移民の人たちがどのようにしたら医療機関に受診しやすくなるか政策レベルで考え、時々フィールドにでかけて調査するかんじで働きたいと思っています。メータオのような草の根の組織はとても重要なのですが、政策レベルで働きかけないと難民、移民の健康問題の根本的な問題は変わりません。例えばパスポートもワークパーミットもない難民、移民が保護国で医療保険なしに医療機関の受診をし、強制送還されないためにはどうするか等を考える仕事につきたいです。

一方でPhD卒業後多くの学生がポスドク研究員や助教授として大学で就職します。周りが大学で就職する人が多いので大学で就職しなければいけないのかしらという気にかられますが、流されないように気をつけています。同じPhD課程で勉強する友人から米国の大学で働く人ようの指南書をかり、読みました。もしアメリカでPhDを取得し、アメリカの大学で就職したい人にはお勧めの本です(The Professor Is In) 。



興味深く読みましたがアメリカの学術の世界で活躍するなんて私には到底無理だわと思いました。学術論文の投稿から助成金獲得まで翻弄される生活なんで無理です。

夏休みがあと1か月少しで終わります。残りの学生生活を悔いのないように過ごしたいと思います。

2017年5月7日日曜日

PhDのABDとは

分析が終わり、博士論文の結果を書いています。論文を書きながらリサーチアシスタントとして2つのプロジェクトに関わっているので毎日慌ただしいです。

1つはマーク先生のハリケーンカトリーナに関連したベトナム移民のプロジェクトでデータコレクション(インタービュー)やデータマネージメントに関わる仕事です。同じプロジェクトで働く助教の先生が育児休暇を2か月取りはじめたので彼の仕事を私が代行でやっています(ちなみに働く男性が育休を取るのが当たり前になっているアメリカはすごい!)。

もうひとつは大学院の先生とともにUNAIDS(国連連合エイズ合同計画)のコンサルの仕事をしています。モロッコに住む女性のセックスワーカーについてのプロジェクトなのですが最近している仕事の中で最も面白いプロジェクトです。どっちの仕事の内容もまた時間があるときにブログに書ければと思います。

今日のテーマはPhD課程のABDについてです。PhDの学生にはABDと呼ばれるステータスにいる人がたくさんいます。私もその一人です。ABDとはAll but dissertationという略語でコースワークと総合試験は終了したけど博士論文は書き終えていない人たちのことを指します。ABD期間に論文を書くのが嫌になり鬱になる人結構います。

ABDの期間が長くなり、なかなか卒業できない人たちの原因は
①パートタイムやフルタイムワーカーとして仕事をしながら論文を書くのが難しい。
②論文を書いた経験がなく時間がかかる。または論文のテーマが決まらない。変更した。論文に取り掛かるまでの時間が長い。
③データコレクションを自分で行わなればならない。倫理委員会の審査、データコレクションのための資金確保など時間がかかる。
④わざとABD期間を延ばす。その間に博士論文以外の論文を執筆し学術雑誌に投稿する。功績が次の就職活動につながる。
⑤出産をし育児をしながら論文書きが難しい。
⑥博士論文審査委員会のメンバーが論文を読んでくれない。読むのが遅い。

などなど挙げればきりがないのですが⑥は列挙した中でも、深刻な原因で多くのPhDの学生が頭を抱えているのをみてきました。正直に言うとマーク先生は⑥の読むのが遅い教授に入ると思います。そのことを知っているので他の人に比べてかなり早い時期から論文に取り掛かり、今のところ同期の中では私が一番卒業に近いと考えられます。ただしブログに以前登場したパキスタン人の友人は今年の3月記録的な早さ(3年未満)でPhDを卒業しました。彼はものすごく頭がいいのと、お子さん2人と奥さんが故郷で待っていることもありかなり頑張って先生の協力も得、卒業しました。

同じくマーク先生を審査委員会に持つPhD5年目の友人がいるのですが、この5月に卒業ができなくかなり落ち込んでいます。マーク先生、早く彼女の論文を読んで卒業させてあげて!と思うのですが卒業の目途はたっていません。恐ろしや。彼女は論文の取り掛かりが遅かったので卒業が延び延びになってしまいました。

読むのは遅いけど私の場合はマーク先生が私の教授でよかったと思います。移民の勉強をするのは大学院ではこの先生しか思い浮かばないし、放任主義の教授ではないし、学生を大切にしてくれる。几帳面であとは相性が合います。Disorganizedの先生にあたるほうが嫌です。

博士論文にしっかりと目を通すこともなく卒業させる教授も中にはいたりしてびっくりするのですが、教授選びはPhD取得までの運命を左右するといっても過言ではありません。今からPhDで勉強する方、教授選びを慎重にしましょう。

最後にアメリカのPhD学生なら誰でもが知っていると思われるPHDcomicsより漫画です。この漫画に登場する学生の気持ちがよくわかる!




2017年3月1日水曜日

学力の差はなぜうまれるのか

ティーチングアシスタントとして修士課程の学生さんたちのクラスを受け持つようになり思ったことがあります。なぜ学力の差が生まれるのかです。それはやる気だと思います。

TAアワーと言われるティーチングアシスタントのオフィスアワーがあります。修士の学生さんは私にアポを事前にとらなくても、オフィスアワーの時間帯であれば誰でも宿題や試験について私に聞くことができます。

そのTAアワーに来る学生さんはほとんどと言っていいほど成績がよい学生さんたちです。宿題、試験でも満点が取れるような人たちが多く優秀です。一方宿題でも試験でも70%以下の点しか取れていない学生さんほどTAアワーや教授のオフィスアワーに現れません。私がもし70%しか点数が取れていない学生だったらTAアワー、教授のオフィスアワーに毎回出現すると思うのですが、そうではない学生さんが結構います。おそらく彼らは単位を取れればよいかぐらいなやる気なんだと思います。高い学費を払っているのに中途半端な理解力で卒業するのは不安ではないかと不思議です。

私にとって英語は母国ではないのですが、理解力は語学の問題ではないのだなとアメリカに来てから感じます。要は本人のやる気かなと。日本人として米国の大学院に留学し、母国語じゃない英語で勉強についていけないのではないかと不安に思う方が多いかと思いますが、TAアワーや教授のオフィスアワーを利用ししっかり予習、復習すればアメリカ人よりもいい点が取れます。アメリカ人でない私もGPA3.7以上を修士も博士も取ることができました。やる気、忍耐、行動力があれば日本人でも優秀な成績で卒業できると思います。

下の動画は私の好きな教育に関するTEDトーク。日本の字幕もあると思います。




2016年12月31日土曜日

2016年の終わりに

あと1日で2016年が終わろうとしています。ニューオーリンズは地球温暖化なのではないかと思うほど温かく、ここ1週間は日中最高気温摂氏25度、最低気温17度、湿度90%以上でした。毎日蒸し暑く、エアコンをつけるときがあり、冬とは信じられない感じでした。今日は気温が少し下がり日中14度。来週も20度の日々が続くらしいです。冬用のコート今年は一度も着ていません。

2016年を振り返ってみるとプライベートは流産をしたり、高額な歯医者に通わなければいけなかったり大変なこともありましたが、学業はとても順調だったと思います。総合試験も研究提案書の口頭試験も計画通り無事に合格し、論文も共著で2本、USAID(米国開発庁)とMEASURE Evaluationが出すHIVと家族計画のレポートにも共著として出版され、思ったよりもたくさんのことができたのではと思います。来年は無事に卒業し、難民、移民に関する仕事を見つけることができればと思います。

2017年早々にはアメリカの大統領就任式があります。2016年はイギリスのEU脱退にはじまり、世界各地がナショナリズムに向けて加速しました。アメリカもナショナリズムに向けた4年間が始まるかもしれません。。。日本はいい意味でアメリカから独立するチャンスの幕開けなのかも。

世界がどんな情勢であれ、母国を離れて第2、第3国に住む難民や移民の人々が1日でも早く平和で幸せに暮らせますように。皆さんよいお年をお迎えください。

先週ミャンマー、ヤンゴンのインヤ湖にて撮影。

2016年12月1日木曜日

博士号取得候補者へ

あっという間に12月になろうとしています。

アメリカはご存知のようにトランプ氏とヒラリー氏の選挙があり、トランプ氏勝利から一時期は街も学校もお葬式のように暗かったです。ニューオーリンズは民主党の街です。

今年のThanksgivingは家族とは一緒に過ごさない人も多かったようです(大学院の友人の中にも結構いました)。Thanksgivingはアメリカ人にとって家族と集まる大事な行事です。
友達や教授陣の中でも家族内で民主党支持者と共和党支持者に分かれ口論になった家族があったそう。アメリカのニュース番組でも選挙が家族内の不和をもたらしていることが話題になっていました。

私はアメリカで5回目となるThanksgivingは教授のお家で過ごしました(今年はマーク先生のお家ではなく、別の大好きな教授のお家に招かれました)。5回目のThanksgivingを迎えるにあたり、アメリカに住んでもう4年以上も経つことを身に染みて実感していました。まさかこんなに長くアメリカに住むとは思っていませんでした。

そのThanksgivingのあと、Dissertation Prospectus Defense(研究提案の口頭試問)に無事合格し、PhD Candidate(博士号取得候補者)になることができました。アメリカの博士課程では総合試験のあと、Dissertation Prospectus Defenseに合格して初めて博士号取得候補者になり、博士論文を書くことができます。さらに卒業の道が近づき嬉しいです。2016年の目標は総合試験に通り、Prospectus Defenseに合格して博士号取得候補者になることだったので、無事に目標を達成し満足です。目標の3年でPhDを取得することは不可能ではないと思います。来年卒業を目指し、残りも手を抜かず研鑽したいと思います。




2016年11月6日日曜日

英語で教鞭に立つ

今学期は3クラスの特別ゲストスピーカーとして授業をする予定です。最近2クラスの授業が終わりました。あと1クラスです。英語でアメリカ人相手に1時間近く授業をするのは本当につらいです。博士の学生となって何回か授業をすることはありましたが、今月は多いです。

授業の後は全力を使い果たしたせいか、疲れ果て何もできません。緊張をし、おどおどすることはあまりありません。とにかく気が張り疲れます。

修士課程の学生向けの授業の方が、学部生の授業よりはるかにやりやすいです。大学院生の方がやる気があり教えがいがあります。よく質問もしてくれます。先週は修士の学生向けに、紛争、災害に関する移住というテーマで話しました。タイ・ミャンマー国境に住む難民の事例や東日本大震災、ハリケーンカトリーナなどの事例をもとに、災害に関する研究の課題と提案などを話しました。私のアドバイザーであるマーク先生のクラスでゲストスピーカーとして講義を任されました。マーク先生の前で授業するのは初めでした。

終わった後にマーク先生から「素晴らしい!発音も時間配分も問題なかったし、生徒の目を見ながら台本をほとんど読まずによくやったね!難点のつけようがない講義だったよ。Aikoの指導教官として誇りに思うよ。」とこれまで以上にない褒め言葉をいただきました。授業がうまくいって安堵です。めちゃ疲れたけど。。。

博士課程後にアメリカでポスドクをし、准教授になったりする道はあるのですが、おそらくそのような進路は歩まないと思います。英語で授業をし続けるなんて疲れ過ぎます。。。日本語でも大変なのに。

そしてやっと論文のProspectus Defenseの予定日が決まりました。何事もなければ11月29日にDefenseをします。これを通ればPhD Candidate(博士号取得候補者)として博士号取得にまた一歩近づきます。論文審査委員会からこのまま何もコメントがないように祈る毎日です。





2016年10月16日日曜日

ロジカルに書く

私の博士論文について今回は書きます。夏から博士論文の研究提案書を提出するために準備をしているのですが時間がかかりすぎて少々焦っています。6月に投稿した博士論文 Prospectus Defense準備にどうのような段取りで博士論文に取り掛かるのか書いています。興味のある方はご覧ください。

現在、研究提案書は30ページくらい書いたところです。イントロ、Significance、文献レビュー、Conceptual Modelなどの原稿はマーク先生からOkをいただき、次のミーティングで分析内容を話し、何事もなければ11月中にProspectus Defenseを行います。

Prospectus Defenseのための研究提案書でマーク先生に何度も言われていることは

「AikoのWritingの質がひどすぎる。磨きをかけろ。」と毎度のように言われています。もっとロジカルに文章を書けと。毎回厳しく言われるので泣きたくなります(涙)。

自分で言うのもなんですが、Writingの文法間違い(英語)はほとんどしなくなりました。これは英語で文章を書く上で最低限のルールです。博士課程で求められるのは学術者として簡潔にロジカル(論理的)に文を書く必要があります。

このブログではロジカルに書くことからほど遠いですが(誤字脱字も多々)、日本語でも新聞や書籍は人にわかりやすく簡潔にロジカルに書くことがあたり前だと思います。

指導教授にWritingを何度も指導される博士の学生と先生よりWritingの他にも何も言われないですぐに卒業できてしまう学生がいます。先生が放任主義の場合です。うちは真逆です。近すぎる。。。

私の教授はHarvardと並ぶくらい有名なPrinceton大学の卒業生です(PhD in Demography)。Princeton大学は2016年アメリカ国内の大学ランキングで1位をとっていました。ちなみに私の大学は国内で39位でした。公衆衛生部門ではアメリカ国内12位。

先生がプリンストンで受けていた博士教育をもとに、先生から指導を受けているので、日本人でプリンストン大学に入れないような私にそこまで求められても。。。と複雑な気持ちになります。2-3ページの研究提案書に数週間かかるときもあり泣きたくなります。

私のWritingにしびれを切らした先生からWritingのTutorまでつけられる予定です。先生の友人なのですがNew York TimesやThe Nationというアメリカの有名な新聞でも時々記事を掲載するフリーランスの女性ジャーナリストさんが私のWritingの先生として指導してくれる予定です。私の教授もNew York Timesにたまに記事を書きます。

これは修行だと思い耐えてWritingの力を伸ばしたいと思います。でも一日でも早くProspectus Defenseをするぞ!






2016年6月13日月曜日

ナイアガラの滝ナウ

今私はアメリカのニューヨーク州にあるナイアガラ滝市に来ています。夏休みなんです!と言いたいところですが、North America Refugee Health Conference(北米難民健康学会?)という学会に来ています。ニューヨーク州涼しすぎます。ニューオーリンズは日中摂氏30度。ここナイアガラ滝市内は日中20度くらい。

半年前に出した研究要約が通り学会でスピーカーとしてテキサス州ヒューストンで実施したカレン難民の子供と医療アクセスについて発表してきました。人前に立つと緊張するから何度も発表練習したのですが、プレゼンは60点。途中でぎこちなくなったりもう少し練習が必要です(英語で15分間、プレゼンするのは本当に大変!友達と会話とはわけが違います)。私のプレゼンは初日だったので、明日の学会からはリラックスしたいと思います。

全米、カナダそのほか海外からも650人近くの方々が出席され大きな学会です。明日、明後日も続きます。メータオ・クリニックで働いていたアメリカ人の友人たちにも再会しました。

アメリカは年間8万人以上の難民を受けれており、2015年は18000人のビルマ(ミャンマー)からの難民を受けれています。ビルマのカレン族難民が一番多いです。
シリアの難民受け入れはこれからどうするのか気になるところです。2016年アメリカはシリアから1万人の難民を受け入れる予定ですが、昨晩フロリダ州のオークランドで50名に渡る射殺事件はISによる犯行だということがニュースに流れており、シリア難民の受け入れは反発がありそうです。トランプおじさんが選挙に勝つ日が近づいてきたのか。もしトランプおじさんが勝つことになれば私はアメリカから撤退したいと思います(本気です)。
写真はホテルからみたカナダ側と学会の様子です。


2016年5月25日水曜日

IYCFとは

最近全くブログを更新していませんでしたが元気です。渡米4年目にして初めて車を買いました。と言っても夫が乗りまわして私は運転ができないのですが、夫婦で車があると行動範囲が広がり便利でありがたいです。米国で車を買った経験や博士論文の準備について等をブログで書きたいなと思っているのですが、本日はIYCFのテーマで書こうと思います。

IYCF?私は今年になるまで恥ずかしながらこの単語を聞いたことがありませんでした。ちなみにYMCAとは関係ありません(汗)。

IYCFとはInfant Young Child Feeding(乳児の食事)についてです。母子保健の業界用語だと思います。UNICEFのホームページには詳しく説明されています。こちら→UNICEF IYCF

今Tulane大学とUNICEFエチオピア事務所が共同で行っているモニタリング評価プロジェクトのリサーチアシスタントして毎日働いているのですが、その内容がエチオピア郊外のIYCFの現状とニーズを評価するというものです。評価対象のある地域では子供の40%近くが栄養失調状態だったりとエチオピア飢饉の再来を思わせるような深刻な栄養問題を抱えている地域があります。

そのような地域で完全母乳(Exclusive breastfeeding)、 離乳食の開始(Complementary feeding)、お母さんとその家族がどのように赤ちゃんに食事を与えているか等などの調査内容を分析しています。

去年の末からずっと母子保健の仕事が立て続いており、IYCFは未知の世界でしたが(私には子供を育てた経験もないですし)興味深く事態の深刻さを痛感させられました。

干ばつで作物が取れない。貧しすぎて十分にお肉など高価な食べ物は買うことができない。水を汲みにロバに乗って4時間かけて川まで行く等など日本では考えられないようなことを仕事で学びました。

またお母さんや家族が生後6か月までの完全母乳の重要性をわかっておらず、赤ちゃんに水やジュースをあげてしまったり、食事の準備前の手洗いの実施等いろんなIYCFに関わるデータの分析をしています。

もともとHIVやTB(結核)の仕事に興味があったのですが、IYCFをはじめとした母子保健も大事でやりがいがある仕事だなと最近実感しました。

最後にエチオピアの栄養についてのビデオ。現地がどのような状況なのか痛いほどに伝わってきます。









2016年5月2日月曜日

総合試験合格

数日前に無事総合試験は合格!というメールを博士課程をコーディネートする教授からもらいました。私の博士課程同級生(アメリカ人、イラン人、バルべトス人、パキスタン人)も全員合格しました。みんなで1月から毎週勉強会を開き勉強しただけあってうれしいです。去年もおととしも私の学科内で試験に落ちている人がいるので、全員合格できてよかったです。

さてこの総合試験後は博士論文の提案書を提出しなければいけません。Prospectus Defenseというイベントが待っています。博士論文審査委員会の教授陣の前で口頭でどのような研究をするのか、手法、分析方法などを発表します。目標は今年7月までにそのProspectus Defenseを行うことができればと思っています。担当教授のマーク先生は「7月までにできないことはないと思うけど、アイコは野心的だ。」と言われましたが、来年の春に卒業するために歯を食いしばってでも新学期が来る前に終わらせようと思います。




2016年4月24日日曜日

総合試験終了

1カ月近くブログを更新していませんでした。先週4日間は博士課程の総合試験を受験し、その1カ月前は総合試験のために真剣に毎日勉強していました。

試験の結果は来週の木曜にでる予定ですが、合格してほしいです。試験勉強したため、そんなに試験自体は難しく感じませんでした。合格すればやっと博士論文に取りかかることができる予定です。アメリカの博士課程コースワークは2年。このコースワーク修了後の理解度を測るために総合試験があります。

今週一週間は試験後のため抜け殻のような1週間を過ごしてしまいました。やる気がでない。。。

来週の木曜の試験結果までまで気が気でなりません。試験の準備のために1か月間お休みをいただいていたリサーチアシスタントの仕事も開始します。今度も3人のお子さんがいる教授とともにUNICEFのエチオピアのモニタリングと評価の仕事です(乳児の栄養と医療サービスの普及率についてです)。6月半ばまでにレポートをまとめる予定です(早く働きはじめないとです)。

昨日からニューオーリンズではジャズフェスティバルが開催されました。5月の1日までほぼ10日間にわたり開催され、アメリカ全州あるいは世界からジャズを聴きにたくさんの人(おそらく何万人)がニューオーリンズを訪れます。私も昨日はじめてジャズフェスに行ってきました(総合試験お疲れさまということで師匠のマーク先生が無料のチケットをくれたのです。感謝涙)。生の野外演奏聴けて楽しかったです。ちなみにチケットは通常1日1名75ドルします。うーん、貧乏学生には高いお値段です。






2016年2月7日日曜日

今度の上司は3人の子育てをするママ

1月からカンボジアの母子保健サービスの利用状況とその妊産婦からみた財政的困難を評価するというプロジェクトでリサーチアシスタントとして働いています。プロジェクトは大学院の教授がコンサルタントして受けているプロジェクトでカンボジアの保健省、ケアインターナショナル、セーブザチルドレンなどの国際NGOが関わっています。

昨年関わっていたUNFPA(国連人口基金)のミレニアム開発目標評価プロジェクト(指標5の妊産婦の健康改善)は正式には終了したものの、まだ報告書の修正などに関わっています。本当に長いプロジェクト。偶然なのか私の最近の仕事内容は母子保健に関するものが多いです。

今回のブログは私の新しい上司であり、3人の子育てをする助教授について話をしたいと思います。

先生から3人の子ども(10歳、6歳、3歳)がいて家は本当大変なのよ~!と聞いたときはびっくりしました。30代前半に見えて私よりも小柄な先生(アメリカの白人女性にしたは珍しく155センチほどの身長)が3人のお子さんを育てる40歳のお母さんとは一緒に働くまで知らなかったからです。

先生のだすオーラがアジア人のようにおっとりしていて(小柄でカンボジアに4年住んでいたため?笑)、近づきやすく先生との会議のときには子育てと仕事の両立の大変さについて世間話をしたりています。たぶん私が家庭と仕事の両立をすることが大変だとわかっているためか、先生から

「Aiko-!今週の土曜日空いてたらレポートのまとめをしてほしいのだけど大丈夫?(月曜日にドナーへ提出予定)マルディグラス(謝肉祭)のパレード中にこんなお願いをしてごめんね。でも助けてくれたら本当に助かる!(←先週末も先生のプロジェクトレポートを急いで書いていました汗)」

などと休日にでも仕事を頼まれます。

先生のお子さんたちはきっとママとパパと土曜の昼パレード見に行きたいだろな(今ニューオーリンズは謝肉祭パレード真っ只中で来週火曜日まで毎日パレードです)。。。。よし!やりますか。。。と仕事を引き受け今日は土曜ですが一日報告書のまとめをしていました。

女性としてキャリアと育児を両立させようとしている上司は私のモデルにもなるし、応援したくもなります。

大学の学科内のフロアでは現在子育て中の女性教授陣ばかりです。私のオフィス前の先生は「搾乳中のためドアをノックしないでください」というプレートをかけて搾乳されています(10カ月の赤ちゃんがいるママ)。理解力がありサポートしてくれる旦那さんや家族の存在、ベビーシッターを雇うだけの経済力はこの両立に不可欠なものかもしれません。

ただ日本の大学院では育児と仕事を両立している女性の先生は少ないだろうなと考えられずにはいられないです。

今の先生も私の同じように30代前半で博士課程に進学し、勉強中に32歳、34歳と赤ちゃんを2人出産しました。

「博士課程に出産したほうがいいわよ~。フルタイムで働き始めたら産前、産後休暇取りづらくなるからね!」と今の上司に言われ、他の子持ちの女性教授陣にも言われました(笑)。

育児と仕事を両立している先生たち、大変なことは多いだろうけどかっこいいです。刺激になります。私のブログが今後マタニティーブログになることがあれば楽しいだろうな(今のところ予定はないですが汗)。

2016年1月29日金曜日

他人の研究を疑う

博士課程にきってもきれない文字。それは「研究」です。去年は主著として公衆衛生の分野では知られている英文学術雑誌に2本論文が投稿されました。内容はタイとミャンマー国境における結核対策と移民学校の予防接種についてです。

論文掲載以降、いくつか英文学術雑誌からReviewer(査読者)として論文を見てほしいと依頼があり、博士号もまだ取っていない身分で恐れ多いのですが最近Plos Oneという英文学術雑誌のReviewerをさせてもらう機会がありました。内容はタイ、ミャンマー国境に関するHIV予防問題でした。

Peer reviewed journals(論文審査のある専門誌)では大抵2名の査読者により論文が雑誌に掲載されるのに適しているのか、論文の審査をいろんな視点から行います(倫理、研究デザイン、複製など)。私がそのうちの1名になったのですが、他人の研究を評価したり訂正アドバイスをだすのはなかなか難しいです。私も以前2本の論文が掲載されるまで多大なコメントをReviewerからもらいとても勉強になりました(時にはきつい言葉で批判されるので落ち込みましたが)。

今回私がReviewerとして読ませてもらった論文に私は2-3ページに渡るコメントを提出しました。博士号を取得していない私でも指摘できる内容でした。査読のコメントを提出したあと、もう一人相方のReviewer(お互い匿名ですが)からのコメントも読めるのですが、相方のコメントはなんと1行のみでした。コメント内容は研究は首尾一貫しており掲載してもよいというものでした。

その1行のコメントを読んだあと、私は驚きを隠しきれず正直がっかりしました。
この論文、博士の学生でもわかるくらいすぐに世の中に出せるレベルではないのだと思うのですが。。。という言葉が私の初めの一言でした。

この経験で場合によってはReviewersの安易な判断次第で、掲載不適切な論文が掲載されたり、論文が修正されてから掲載されるべきだったのにそのまま掲載されてしまったりという事態が起こるのだなということを学びました(私が査読した論文は著者に修正してもらい、私と雑誌の編集者がOKと言わない限り論文が掲載されることはありません)。

きっと元理研の小保方さんがNatureという雑誌に掲載されのちに削除された論文も、もしかしたらReviewersとEditorがもっと徹底的にチェックしていれば、論文が掲載されることもなかったかもしれません。

社会科学の学者も科学者も人間だから間違いはします。もちろん論文を書く主著と共著が責任をもって雑誌に投稿することが第一ですが、Reviewersも学術雑誌に掲載するに値するかどうか判断する立場として責任は重いなと考えさせられました(間違った治療や公衆衛生の介入が広がってしまう前に)。











2016年1月19日火曜日

今年の抱負

先々週から学校が始まりました。これから博士課程2年目後半に入るのですが、今年は4月に博士号を取得できるかどうかという大事なテストがあります。アメリカでは博士論文の執筆の前にComprehensive Exam(総合試験)に合格しなければ博士論文を書く資格を与えてもらえません(この試験はQualifying Examとも呼ばれています)。

この試験は計4日間4つのセクションから構成される試験です。私の学科ではTake home examとして家で受験ができるのですが、ほかの学科では学内で受けることを条件としている学科もあります。

4つのセクションは国際保健に関わる研究デザイン、理論、分析方法及び私の専門(移住と健康)からなされます。4月の試験ですが試験範囲が膨大でなおかつ難解なため先週から試験勉強をはじめました。

私の学科では毎年5-6人の学生のうち1人が試験に落ちています。今年私がその5人のうちの1人にならないように真剣に勉強しなければいけません(本当に怖い)。

今学期は授業はなく(1単位だけ博士課程のセミナーがあるだけ)、この試験勉強に時間を費やす予定です。今リサーチアシスタントとして新しいプロジェクト(内容はカンボジアの母子保健サービス)で働いているのですが3月からお休みをいただき試験勉強のみになる予定です(そのくらい必死にしないと通らないと思われます)。

この試験が終われば、博士論文の研究提案書を提出し、今年後半は博士論文執筆に集中する予定です。まずは試験突破。猪突猛進でがり勉していこうと思います。

2015年12月31日木曜日

カンチャナブリ 戦場にかける橋

気がついたら珍しく1ヶ月以上ブログを更新していませんでした。11月から12月上旬までは猛烈に忙しく、リサーチアシスタントの仕事に加えて、クラスの学期末テストもありバタバタ過ごしていました。

期末のペーパーを提出後はアジアに直行しました。大阪の実家に数日間だけ立ち寄り、その後1週間はマーク先生とともにバンコクで開催されたワークショップに参加していました。メコン地域の研究者集まりのワークショップでgrant writingについてがメインでした。

ワークショップ中にマーク先生の研究地でもあるタイとミャンマーの国境のカンチャナブリを訪問しました。

カンチャナブリには旧日本軍が収容していた戦争捕虜によって建設された泰麺鉄道(タイとミャンマーを架ける鉄道)があります。その鉄道は今使われてはいないのですが、資料館があり鉄道に関する貴重な資料が保管されています。鉄道建設にあたり、劣悪な環境の中で何万人もの捕虜の方々の命が奪われたことがわかります。

タイのバンコクやアユタヤ遺跡を楽しむだけでなく、日本人としてカンチャナブリを訪問し歴史を振り返る必要性を学びました。




2015年9月14日月曜日

2015年秋学期

秋セメスターが始まり半月が経ちました。ニューオーリンズは暑さが和らぎ過ごしやすい毎日です。このセメスターはフルタイムの学生として博士課程最後のコースワークです。冬に4単位とる予定ですが、次のセメスターは総合試験の準備にほとんどの時間を費やす予定です。

今セメスターの科目は下記です。
Monitoring and Evaluation of Maternal  and Child Health (母子保健のモニタリングと評価) 3単位
Qualitative Analysis(質的分析) 3単位
Introduction to GIS (GIS入門) 1単位
Women's issues in developing countries (途上国における女性問題) 1単位
Independent study (自主研究:カレン族難民の健康問題と医療機関へのアクセス)1単位

計9単位です。今までのセメスターの中で一番難易度が低いです。難しい科目は前年度に取りおえたので。

これに加えて、まだアフリカの家族計画とHIVのリサーチアシスタントを今月末までしています。来週にプロジェクト本部のUSAID(米国開発庁)の家族計画課とSkype会議があります。無事に仕事が終わるか本当に心配。。。ベトナム移民の健康ニーズ報告書は終わりニューオーリンズ市役所に提出し、レポートが一般市民向けに公開される予定です。

そろそろまた新しい仕事を探そうかなと思ったところに、同じ博士課程を卒業したマーク先生の教え子で特別講師の先輩から連絡があり、仕事のオファーをもらいました。なんとまたアフリカの家族計画(縁があります)。UNFPA(国連人口基金)のコンサルの仕事です。うまく始めればこの12月までUNFPAのコンサル、プロジェクトアシスタントとして働く予定です。データの分析とinfographicsがメインの仕事で未知の世界ですが、仕事で成果が出せるよう頑張りたいと思います。