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2016年6月13日月曜日

ナイアガラの滝ナウ

今私はアメリカのニューヨーク州にあるナイアガラ滝市に来ています。夏休みなんです!と言いたいところですが、North America Refugee Health Conference(北米難民健康学会?)という学会に来ています。ニューヨーク州涼しすぎます。ニューオーリンズは日中摂氏30度。ここナイアガラ滝市内は日中20度くらい。

半年前に出した研究要約が通り学会でスピーカーとしてテキサス州ヒューストンで実施したカレン難民の子供と医療アクセスについて発表してきました。人前に立つと緊張するから何度も発表練習したのですが、プレゼンは60点。途中でぎこちなくなったりもう少し練習が必要です(英語で15分間、プレゼンするのは本当に大変!友達と会話とはわけが違います)。私のプレゼンは初日だったので、明日の学会からはリラックスしたいと思います。

全米、カナダそのほか海外からも650人近くの方々が出席され大きな学会です。明日、明後日も続きます。メータオ・クリニックで働いていたアメリカ人の友人たちにも再会しました。

アメリカは年間8万人以上の難民を受けれており、2015年は18000人のビルマ(ミャンマー)からの難民を受けれています。ビルマのカレン族難民が一番多いです。
シリアの難民受け入れはこれからどうするのか気になるところです。2016年アメリカはシリアから1万人の難民を受け入れる予定ですが、昨晩フロリダ州のオークランドで50名に渡る射殺事件はISによる犯行だということがニュースに流れており、シリア難民の受け入れは反発がありそうです。トランプおじさんが選挙に勝つ日が近づいてきたのか。もしトランプおじさんが勝つことになれば私はアメリカから撤退したいと思います(本気です)。
写真はホテルからみたカナダ側と学会の様子です。


2015年7月6日月曜日

カレン族の今@ヒューストン

金曜日と土曜日の1泊2日間、ヒューストンに滞在していました。無事に倫理委員会から研究許可がおり、調査が始まりました。今回の滞在目的はカレン族出身のリサーチアシスタントとともにカレン族家族のお家を訪問し、質問表をもとにデータ収集をチェックするというものです。

4軒のカレン族のお家を訪問したのですが、彼らが直面する問題の大きさに撃沈してしまいました。

どの家庭も非常に貧しく、メディケイドというアメリカ版生活保護を受けていました。そのメディケイドの更新方法がわからずリサーチアチスタントに助けを求める場面もありました。

訪問したひとりのカレン族のお母さんは話しの途中で泣き出してしまいました。英語は全く喋れず隣人の黒人やメキシコ人たちにからかわれる、カレン語すら読み書きもできない、毎月家賃が払えるか不安で育ち盛りのこどもに満足にご飯を食べさせあげることもできない。難民キャンプでは困ったときは家族、親戚、友人に頼ることができたのに今は誰も頼る人がいないと等々。

このカレン族の家族らが住む地域は実はあまり治安がよくなく、今まで少なくとも2人のミャンマー出身の難民が強盗に合い射殺されるという事件がありました。私がここに住まなければいけないと言われたら精神的に参りそうです。

最近は難民を支援するNGOの活動が手薄になっており、難民がアメリカに到着したら必ず受けなければいけない語学学校についてNGOから案内されることもなく、語学学校に通ったことがないカレン族難民もいました。ヒューストンがあるテキサス州だけで年間7000人近く世界各地から難民を受けいれているのでNGOが多くの難民の生活をフォローしきれていないのかもしれません。

また今回の滞在で考えさせられたのは、精神疾患についてです。難民キャンプの中やミャンマー国内で診断を受けることなく、アメリカにきて統合失調症と診断された人がいました。その統合失調症を持った患者さん家族は渡米後症状が悪化し大変だったそうです。

難民がよく抱える心的外傷ストレス障害と判断が見分けにくいのですが、精神疾患や知的障害をもって渡米する難民も実は結構いるのではと思います。難民キャンプやメータオクリニックでも受診し適切に精神疾患の診断を受けている人はどれくらいいるのだろか疑問です。

また悶々と考えていたのですが、私もアメリカに初めて住み始めた当時ホームシックにかかり今だから言えるのですが、早く日本に帰りたく仕方ありませんでした。しかし難民として渡米してきた彼らにはもう帰る場所はなく、アメリカで第2の人生を歩むしかないのです。ジャングルの国内避難民エリアに産まれ、内戦で家族や友人を失い、教育の機会も失った彼らにとってアメリカでの新しい人生はそう簡単なものではありません。

世界の不公平さに憤りを感じ、何もできない自分に虚しさを感じてしまいました。

写真はヒューストン空港内と調査を行うリサーチアシスタントとカレン族のお母さん。ひざには3歳のお子さんを抱えています。

2015年4月12日日曜日

Houstonの旅 続編

4月に入り、スーパー忙しいモードに入ってきました。今25ページあるペーパーを2本抱えていて、ヒューストン調査のプロポーザルも仕上げなければならず、本当に忙しいです。5月第2週目までに計50ページのペーパー(1本は英文雑誌に投稿します)を提出するのと、3つのプレゼンテーション、疫学上級編と上級研究分析コースの宿題と疫学上級編の最終試験があります。本当にどうしよ!!ってくらいあせっています。やばい。時間が足りないです。

論文投稿する予定の分析はRandom Effect Probit Modelを使い、はじめてのパネルデータ(5年分のニューオーリンズに住むベトナム系アメリカ移民のデータ)の分析なので本当に難しい。かっこいい分析方法に挑戦中です。

さて、ヒューストンの続きを書きます。

いろんなNGO関係者や牧師さんにも会ってきたのですが、問題はたくさんあるようです。戦争から逃れて難民キャンプで暮らしてきたカレン族の皆さんは読み書きを習う機会を戦争によって奪われ、ヒューストンに定住した半数(特に30代以上の夫婦)近くのカレン族難民は母国語の読み書きができません。当然、英語を話すことは難題です。

またその子どもたちで難民キャンプの教育で育った子どもたちは、米国の高等教育についていくことができず、ほとんどの子どもたちが米国の高校に入学しても卒業することができないということです。そうなると、まともに定職につくことができず、 と殺(豚や鶏を殺す農場)場などでしか就職先がみつからないそうです。

私のプロジェクトにリサーチアシスタントとして働いてくれるカレン族の女性は、通信大学で公衆衛生修士課程に所属し勉強している学生さんです。米国に定住したカレン族の中でも珍しく成功している事例だと思います。彼女は難民キャンプの孤児院で育ったらしく、ご両親がいません。独りで米国に移り住み、第2の人生を歩むことに決めたそうです。まだこの学生さんには会ったことがないのですが、会うのが楽しみです。がんばっているカレン族出身の女性と聞いて応援したくなりました。

春セメスターが終わるまであと1ヶ月。よっしゃがんばろう!




2015年4月3日金曜日

Houston ヒューストン

きたーーーーー!ヒューストーンーーーー!(о´∀`о)


先週から今週火曜までヒューストンに行ってきました。遊びじゃなくて現地調査です。アメリカに再定住したカレン族コミュニティーを訪問しました。関係NGOと面談をしたり、カレン族の教会も訪問しました。



カレン族をはじめとした、カチン族やカレンニ族の皆さんにも会いました。200世帯以上のミャンマーからの難民が住む集合住宅を訪問したのですが、すれ違う人の多くがサロンを着て歩いており、まるで国境の街メソトでした。

道ゆく人に「あの、ミャンマー出身ですか?何族ですか?どこの難民キャンプに住んでいましたか?アメリカには何年住んでいますか?」など私の日本語なまりがあるミャンマー語で質問しまくりました。まるで不審人物(汗)。こちらはニューオーリンズに住むビルマにメロメロのビルメロ族です!みたいな感じです(笑)。

ヒューストン滞在日記はまだ続きます。今日はこのへんまで。