2015年12月31日木曜日
カンチャナブリ 戦場にかける橋
2015年11月23日月曜日
ミャンマーからあの人が。。。
夫にとって先進国で暮らすのははじめての経験です。ニューオーリンズの街並み、スーパーマーケット、ショッピングモール、ビル街などを見るたびに感動しています。夫を見ていてるとその驚きように私のほうが面白いです。
今は新しい生活にも慣れ、私と一緒にご飯を作ったり、洗濯、掃除などの家事を率先して夫が行っています。来年からニューオーリンズ市内にある公立の短期大学で英語を勉強する予定です(授業料が無料なのです!すごくありがたいです。私はニューオーリンズに住んで3年ほどたち、州税を支払っているので配偶者の授業料は無料になるそうです)。夫と私の会話は60%英語、30%ミャンマー語、10%日本語です。日常生活の英語に問題はないのですが、ネーティブイングリッシュスピーカーとためらいもなく何でも話せるようになることが目標みたいです。英語の読み書きも強化していきたいと言っています。
一緒に生活しはじめ、生活の質が上がった気がします。どんな忙しい時も一緒にご飯を作り、しっかりきちんと食べています。
さて秋学期終了まであと2週間。仕事も勉強も年末にかけてラストスパートです!
2015年10月25日日曜日
ミレニアム開発目標評価
2015年10月12日月曜日
引っ越し
先週の日曜日に引っ越ししました!無事に家が見つかりました。ニューオーリンズで一番安全な世田谷区(正式名はGarden District)です。実は同じ大家さんで新しいアパートは前のアパートの隣りです。このアパートに移るまで5件ほど物件を見ました。
1000ドル以下で安全な地域で、ガスコンロがある1bed room & 1 bathroomの物件はどこも汚かったです。。。日本の標準がきれい過ぎるからどこみても汚く見えました。日本人の清潔は世界一だと思います。汚れがあり、きれいでない物件でもアメリカ人的には住めればオッケーなんだなと学びました(*_*)
新しい家は5件ほど視察した後にたまたま今の大家さんにばったり会い、家は見つかったのか聞かれ、大家さんが持っている他のアパートに空き部屋がでたから見てみないかと言われたのがきっかけでした。
あんまり期待はしてなかったのですが、なんと820ドルで、そこそこきれいな1bedroom&1bathroomであり、かつガスコンロ付き、世田谷区地域内と私の希望条件を全て満たしており、引っ越しすることに決めました。
先週はリサーチアシスタントの仕事が猛烈に忙しく、引っ越しして一週間目の本日徹底的に掃除をしました。うーん、やっぱり日本の業者さんのクリーニングレベルは世界一だと実感せざる終えないアメリカの引っ越しでした。
2015年9月27日日曜日
家を探し中
今新しい家を探し中です。今住んでる家はアパートでstudioという間取りです。独り暮らし向けの1DKと言ったらわかりやすいかもしれません。
11月からやっと夫とともに暮らし始めることもあり、1 bedroom & 1 bathroomの家、あるいはアパートを探しています。10月中に引っ越す予定です。予算は900ドルまでで、安全な地域でガスコンロがあり、白ありがでなさそうな家を探してます(汗)。今の私のお城は700ドルです。ほとんどの賃貸が冷蔵庫、洗濯機、レンジがついてきます。これは助かる。
安全な地域で1bedroom&1bathroomはいくらでもあるのですが、1000ドルを越える物件ばかりで苦戦しています。アメリカでは安全はお金で買うものです。安全な地域は白人ばかりです。治安が悪い地域であればいくらでも安い物件はあります。そのような地域で銃撃をみたり、銃声を聞くことはまれではありません。私の大学院の友達で治安が悪い地域に住み、お隣さんが銃殺されるのを見てPTSD(心的外傷ストレス症候群)にかかり、学校を辞めた女の子がいました。ニューオーリンズ、本当に治安が悪いんです。crime mapをインターネットで見れば背筋が凍ります。
私もそんなアドベンチャーを経験するなら、白ありがいても安全な地域に暮らしたいです(。>д<)
物件を探しのソースはcraigslistというアメリカ人なら誰でも知っているというwebsiteです。物件を見る前に必ず治安を調べること、友人などにも聞くようにしています。不動産から中古の家具、車の売り買いまで誰でも参加できるwebsiteなのですが、独りで知らない人に会わない、公共の場所で会うなど注意が必要です。事件に巻き込まれることもあります。
週明け気になっている家を見にいきます。いい家がここ数週間で見つかりますように。。。
2015年9月15日火曜日
生と死の狭間で
欧州の難民受け入れのニュース、毎日気になって読んでいます。
私も早く現場にでて、難民支援に関わりたいです。人口の半分近くが家を失うなどして、移動を余儀なくされ戦禍から逃げるシリアの人びと。今日New York Timesでシリアの特集が掲載されていました。下記がリンクです。衝撃的な写真があり、涙なくては見れません。
記事の始まりに国連のオフィサーの強烈な
コメントがありました。 “Everyday decisions —whether to visit a neighbor, to go out to buy bread —have become, potentially, decisions about life and death (隣人を訪問したり、パンを買いに外出したり、そういった毎日の決断が生と死を決断しているようなものだ).”
これはISISの攻撃だけでなく、アメリカによる空爆でもたくさんの罪のない人びとの命が毎日のように奪われ、彼らが生と死の狭間で生きていることを訴えかける記事です。
今アメリカに第三国定住をした難民についての本を読んでいます。海や川を泳いで、あるいは船の中に隠れて命懸けで新たな国を目指してきたベトナム難民、カンボジア難民などの話しです。壮絶を越えるような体験をしてきた難民の人達。
一日も早く博士課程を卒業して現場で働きたいと思わずにはいられない今日この頃です。
2015年9月14日月曜日
2015年秋学期
秋セメスターが始まり半月が経ちました。ニューオーリンズは暑さが和らぎ過ごしやすい毎日です。このセメスターはフルタイムの学生として博士課程最後のコースワークです。冬に4単位とる予定ですが、次のセメスターは総合試験の準備にほとんどの時間を費やす予定です。
今セメスターの科目は下記です。
Monitoring and Evaluation of Maternal and Child Health (母子保健のモニタリングと評価) 3単位
Qualitative Analysis(質的分析) 3単位
Introduction to GIS (GIS入門) 1単位
Women's issues in developing countries (途上国における女性問題) 1単位
Independent study (自主研究:カレン族難民の健康問題と医療機関へのアクセス)1単位
計9単位です。今までのセメスターの中で一番難易度が低いです。難しい科目は前年度に取りおえたので。
これに加えて、まだアフリカの家族計画とHIVのリサーチアシスタントを今月末までしています。来週にプロジェクト本部のUSAID(米国開発庁)の家族計画課とSkype会議があります。無事に仕事が終わるか本当に心配。。。ベトナム移民の健康ニーズ報告書は終わりニューオーリンズ市役所に提出し、レポートが一般市民向けに公開される予定です。
そろそろまた新しい仕事を探そうかなと思ったところに、同じ博士課程を卒業したマーク先生の教え子で特別講師の先輩から連絡があり、仕事のオファーをもらいました。なんとまたアフリカの家族計画(縁があります)。UNFPA(国連人口基金)のコンサルの仕事です。うまく始めればこの12月までUNFPAのコンサル、プロジェクトアシスタントとして働く予定です。データの分析とinfographicsがメインの仕事で未知の世界ですが、仕事で成果が出せるよう頑張りたいと思います。
2015年9月8日火曜日
海外大学院留学のための給付型奨学金
9月に入り新しい学期が始まりました。来年の秋の入学を目指して、留学の準備されている方のお役に立てたらと思い、私が修士課程の時にいただいていた奨学金と今現在の奨学金について書きたいと思います。2つも給付の奨学金をいただけたのは本当に幸運なことで、今の円安時に奨学金なしでは私の留学は不可能だったと思います。
①独立行政法人日本学生支援機構 海外留学支援制度(大学院学位取得型)
http://www.jasso.go.jp/scholarship/long_term_h.html
今、博士課程の授業料、月の生活費をいただいています。期間は3年間。日本学生支援機構と聞いて貸与では?と思う方いるかもしれませんが、給付で返済不要です。官民連携の国費の奨学金で、もともとは文科省が実施していました。
給付:年間250万円上限の授業料と月額89000円から148000円の生活費。生活費は地域によって異なる。
支給期間:修士2年。博士3年。
募集〆切:例年11月
結果:書類審査1月あたり
面接審査2-3月あたり
年齢:修士35歳まで。博士40歳まで。
倍率は他の奨学金と比べ低めです。応募資格や倍率などの詳しい内容はホームページを御確認下さい。注意点をあげるとしたら、締め切りギリギリに書類の準備をすると大変なことになります。たくさんの書類を準備する必要があるので計画的に準備をされることと、GPA(直近の成績)にあしきりがあるので受験資格にも要確認です。
②ロータリー財団グローバル補助金
https://www.rotary.org/myrotary/ja/take-action/apply-grants/global-grants
私はこの奨学金ではなく、ロータリー財団国際親善奨学金(27000ドル)をいただきました。グローバル補助金の内容はホームページを確認してもらうことと、近くのロータリークラブに尋ねた方がよいです。ロータリーの重点分野(水と衛生、母子保健など)で勉強する必要があります。国際保健を勉強する人にはおすすめです。
おそらく奨学生は地区から選出されます。私の前の奨学金と同じ流れだと思います。本籍や住居地近くのロータリー地区で募集がないか調べ、地区にあるロータリークラブから推薦してもらう必要があると思います。地区内によって様々かと思いますが書類、語学審査、論文試験、英語の面接があると思います。締め切りも地区によってそれぞれ。東京や大阪は受験者数が多いので倍率が地方より高めだと思います。地方に本籍がある方は地方で受験された方がよいかもしれません。
2015年8月30日日曜日
ニューオーリンズ、ハリケーンカトリーナから10年目を迎える
10年前の2005年8月29日ニューオーリンズ史上に残る大きな災害により、約2000人近くの尊い命が奪われました。
New Orleans, 10 Years After Katrina
2015年8月17日月曜日
ハリケーンカトリーナとベトナム移民
ニューオーリンズに帰ってきました。タイのあの穏やかな日々は夢だったのかしらと思うくらいに猛烈に働いています。8月24日から授業が始まるのでそれまでに仕事を片付けたいと思います。
本日のニューヨークタイムズの論説に私の指導教授マーク先生の記事が載っています。内容はポスト・ハリケーンカトリーナとベトナム移民の成功です。下がリンク先。
http://mobile.nytimes.com/2015/08/16/opinion/sunday/post-katrina-vietnamese-success.html
今月末でニューオーリンズはカトリーナからの被災後10年目を迎えます。それに関連した大きなカンファレンスが大学院内で開催される予定です。ハーバード大学やニューヨーク大学、ミシガン大学など大物ゲストスピーカーが来る予定です。開催者はマーク先生。師匠を補佐すべく私はボランティアとしてカンファレンスの裏方にまわる予定です。
2015年8月6日木曜日
夏休み in Thailand
やっぱりタイ最高です。夫と半年ぶりに再会し、ホアヒンというビーチに旅行に行きました。ホアヒンはタイの王室の避暑地として有名です。日本人の観光客にはあまり知られていませんが、古い町並みで比較的旅行客も少なく静かです。
ホアヒンに行くには電車(約4時間)あるいはミニバン(約3時間)が一般的なようです。私たちはバンコクから電車に乗っていき、帰りはバンにのりました。写真はバンコク駅にて。
今は私の第二の故郷、国境の町メソトです。今回の旅は学校の研究費補助金をいただいてきているので、名目は博士論文の研究内容を固めるためです。将来研究に協力していただけるよういろんな方にお会いしているのですが、この訪問でメソトで研究をするのかテーマを変えてアメリカで研究するか決定する予定です。私としてはこのメソトで研究したいという気持ちが強いのですが、すべては担当教授のマーク先生と話をして決めます。先生を納得できるような収穫をこの旅で成し遂げたいと思います。
2015年7月19日日曜日
孤立する日本
首相、日本政府がこの法案を通したかったのであれば憲法改正からすべきだったと思います。
2015年7月13日月曜日
アフリカの家族計画とHIV/AIDS
2015年7月6日月曜日
カレン族の今@ヒューストン
4軒のカレン族のお家を訪問したのですが、彼らが直面する問題の大きさに撃沈してしまいました。
どの家庭も非常に貧しく、メディケイドというアメリカ版生活保護を受けていました。そのメディケイドの更新方法がわからずリサーチアチスタントに助けを求める場面もありました。
訪問したひとりのカレン族のお母さんは話しの途中で泣き出してしまいました。英語は全く喋れず隣人の黒人やメキシコ人たちにからかわれる、カレン語すら読み書きもできない、毎月家賃が払えるか不安で育ち盛りのこどもに満足にご飯を食べさせあげることもできない。難民キャンプでは困ったときは家族、親戚、友人に頼ることができたのに今は誰も頼る人がいないと等々。
このカレン族の家族らが住む地域は実はあまり治安がよくなく、今まで少なくとも2人のミャンマー出身の難民が強盗に合い射殺されるという事件がありました。私がここに住まなければいけないと言われたら精神的に参りそうです。
最近は難民を支援するNGOの活動が手薄になっており、難民がアメリカに到着したら必ず受けなければいけない語学学校についてNGOから案内されることもなく、語学学校に通ったことがないカレン族難民もいました。ヒューストンがあるテキサス州だけで年間7000人近く世界各地から難民を受けいれているのでNGOが多くの難民の生活をフォローしきれていないのかもしれません。
また今回の滞在で考えさせられたのは、精神疾患についてです。難民キャンプの中やミャンマー国内で診断を受けることなく、アメリカにきて統合失調症と診断された人がいました。その統合失調症を持った患者さん家族は渡米後症状が悪化し大変だったそうです。
難民がよく抱える心的外傷ストレス障害と判断が見分けにくいのですが、精神疾患や知的障害をもって渡米する難民も実は結構いるのではと思います。難民キャンプやメータオクリニックでも受診し適切に精神疾患の診断を受けている人はどれくらいいるのだろか疑問です。
また悶々と考えていたのですが、私もアメリカに初めて住み始めた当時ホームシックにかかり今だから言えるのですが、早く日本に帰りたく仕方ありませんでした。しかし難民として渡米してきた彼らにはもう帰る場所はなく、アメリカで第2の人生を歩むしかないのです。ジャングルの国内避難民エリアに産まれ、内戦で家族や友人を失い、教育の機会も失った彼らにとってアメリカでの新しい人生はそう簡単なものではありません。
世界の不公平さに憤りを感じ、何もできない自分に虚しさを感じてしまいました。
2015年6月28日日曜日
Take me to church
米国の多様性を受け入れる姿勢はすごいです。ニューオーリンズはとてもリベラルな街なので同性カップルが街で手をつないで歩いていても、みんなびっくりしません。マルディグラのパレード中にはゲイパレードもあります。
驚くべきかこの大学院で勉強する男子学生はゲイの人が多いと思います。HIV/AIDSに興味がある人が多いから?途上国で働きたいという母性がある男性が多いから?理由はわかりませんが、HIVのMonitoring and Evaluationの授業を取っていた修士課程時代は男子クラスメートの半数がゲイでした。それをオープンにしているので私たちもなんとも不思議には思っていません。女性陣には残念な話ですが、大学院のゲイ学生はイケメンが多いです。卒業したイケメン同士のカップルを知っていますが、男前過ぎて美しく、まぶしいです(冗談じゃなくて、本当!汗)。
私は人間誰しにも人を愛する権利があり、それを他人に邪魔されるのは人権侵害だと思うので同性結婚には賛成です。日本はHomogeneou(同種な)が好きな人が多いから、同性愛者というマイノリティーにはなかなか目を向けるのが難しいんだろうなと海外にいて思います。
そして日本の同性愛者の多くがそれを周りに告白することができず、社会規範(結婚して家庭を築く etc)などに精神的に苦しめられてるのではと思います。
こんなに海外で同性愛者の友達が私の周りでいっぱいいるのに、日本人の友人ひとりが同性愛者と告白するまで、私の友人が同性愛者であるということを長年知らなかったこともありました。
Take Me To Church という曲が最近までアメリカ、全世界でヒットしていたことをご存知でしょうか。アイルランド出身の歌手が歌っており、宗教と同性愛に関して訴えかける曲です。もし自分が一人の同性愛者だったらと社会が考えられるようになれば、みんな幸せになれるのになと考える米国のニュースでした。
2015年6月21日日曜日
世界難民の日
アメリカにいると多様なバックグランドをもった人たちと出会います。
イラク、ベトナム、ミャンマーから第三国定住した友人たちにアメリカで知り合うことができました。
大学院内で出会った私の仲の良いアフガニスタン人の女の子は、タリバン政権時代にアフガニスタンの中で教育を受けることができなかった(タリバン政権は女性の教育を禁じている)ため、家族とともに隣国のパキスタンに移動し、10年間母国から離れるほか選択肢がなかったと聞きました。
同じ大学で修士課程時代に出会ったシリア人の医師はいったい今どこにいるんだろうともあのシリアの内乱当初からずっと考えています。
今は大学院の中で勉強することしかできませんが、難民、移民の健康問題に携わるべく早く現場で仕事がしたいです。