アジアへ戻るカウントダウンを毎日しています。残り25日を切りました。博士論文は学長室へ提出し、もう卒業することを待つだけです(ティーチングアシスタントやリサーチアシスタントしては最後の最後まで働きますが)。論文提出したらやる気がなくなってしまいました。ここ数日泥人形のように毎日10時間近く寝ています。Thanksgivingという感謝祭のため学校はお休み。昨日は教授の家と米国人の友人の家をはしごしてThanksgivingのブランチと夕食に参加してきました。Thanksgiving恒例の七面鳥を食べるのもこれが最後かと思うと寂しくなります。
タイ風の揚げバナナを作ってThanksgivingのブランチにもっていったのですが、好評で揚げバナナ全部なくなりました!
しかし、あと25日ぼーとしてたらあっという間に過ぎそうです。
友人や先生方に挨拶する以外で残りの滞在中にしなければいけないことは、買い物と車を売ることです。車を売る友人は決まっていますが、車を売る前に買い物を済ませねばと思います。1年半以上乗ったマイカーを手放すのは寂しい。
買い物は米国でしか売っていない歯が白くなる歯磨き粉や洋書などを買っていきたいと思います。日本のAmazonを通じて洋書を買うと高い。下のCrest 3DWhiteという歯磨き粉を日本で輸入で買うと50ドルくらいします。米国では13ドルくらいなのに。この歯磨き粉使い始めて歯が徐々に白くなった気がします。
私はあまりファッションブランドや化粧品に興味はないのですが、米国発のブランドもの(例えばCOACHとか)や化粧品はとても安いです。
2017年11月25日土曜日
2017年11月13日月曜日
論文の口頭試験に合格
金曜日に最終の論文口頭試験(Defense)を受け、無事に合格しました。Honors(優等)でパスしました。
論文の発表は30分だけなのですが、その後1時間もの質問を受けました。1時間の質問は博士論文審査委員会のメンバーからと一般聴講者からです。口頭試験には20人近くの人(友人とお世話になった先生方)がみに来てくれました。今まで参加した口頭試験でこんなに参加者が多いのは初めて見ました。思わず論文発表前に「私ってこんなに有名だったんですね。知りませんでした(笑)」と言ってしまいました。
1時間の口頭の質疑応答、本当に疲れました。途中で集中力がなくなりそうでした。予想もしなかった質問もたくさんあり焦りました。うまく答えられなかったなとも思ったりしていましたが、優等でパスすることができました。母国語が英語でない私でもよい結果を出すことができ光栄です。
合格発表後には職場の同僚、教授、友人などがサプライズケーキを用意してくれていて、みんなで一緒に食べました。ちょっと泣けそうでした。試験の前日は私の誕生日だったのです。恵まれた環境でたくさんの方に支えられてきたことを実感しました。
今週一週間は少しの論文を修正し、学校に提出して終わりです。12月末までに博士論文を学術雑誌に投稿することが目標です。正直もう論文みたくないけど。。。
明日は博士課程最後の講義です。博士課程になり毎学期2-3回、ゲストレクチャーとして講義をさせてもらっています。明日は修士1年生の学生さん向けに難民と健康についての授業を行う予定です。最後の講義気を抜かずに終えたいと思います。
そして残り1カ月のアメリカ滞在を楽しみたいと思います。
論文の発表は30分だけなのですが、その後1時間もの質問を受けました。1時間の質問は博士論文審査委員会のメンバーからと一般聴講者からです。口頭試験には20人近くの人(友人とお世話になった先生方)がみに来てくれました。今まで参加した口頭試験でこんなに参加者が多いのは初めて見ました。思わず論文発表前に「私ってこんなに有名だったんですね。知りませんでした(笑)」と言ってしまいました。
1時間の口頭の質疑応答、本当に疲れました。途中で集中力がなくなりそうでした。予想もしなかった質問もたくさんあり焦りました。うまく答えられなかったなとも思ったりしていましたが、優等でパスすることができました。母国語が英語でない私でもよい結果を出すことができ光栄です。
合格発表後には職場の同僚、教授、友人などがサプライズケーキを用意してくれていて、みんなで一緒に食べました。ちょっと泣けそうでした。試験の前日は私の誕生日だったのです。恵まれた環境でたくさんの方に支えられてきたことを実感しました。
今週一週間は少しの論文を修正し、学校に提出して終わりです。12月末までに博士論文を学術雑誌に投稿することが目標です。正直もう論文みたくないけど。。。
明日は博士課程最後の講義です。博士課程になり毎学期2-3回、ゲストレクチャーとして講義をさせてもらっています。明日は修士1年生の学生さん向けに難民と健康についての授業を行う予定です。最後の講義気を抜かずに終えたいと思います。
そして残り1カ月のアメリカ滞在を楽しみたいと思います。
2017年10月15日日曜日
第28回 New Orleans Film Festival
今週と来週はニューオーリンズでフィルムフェスティバルが開催されています。アメリカ南部、ルイジアナ州、ニューオーリンズなどを題材にした作品が毎日のように上映されています。
今日ルイジアナ州のショートドキュメンタリーフィルム特集を観に行ってきました。題材の半分がニューオーリンズに住む難民、移民についてでとても興味深かったです。カンボジア難民でニューオーリンズ郊外で漁師として暮らしている人の話、イラク難民でニューオーリンズに渡り、他の難民の生活を手助けするNGOで働いている人の話、ニューオーリンズのベトナム難民、移民のコミュニティーがどのように形成され、ハリケーンカトリーナから復興したかという話などでした。
私は今大学院内にある避難民研究センターでリサーチアシスタントとして働いているのですが、センターの同僚で元ベトナム難民だったスタッフ(カム)がドキュメンタリーフィルムにでていてびっくりしました!彼女がこのフィルムフェスティバルについて教えてくれ観に行くことになったのですが予想外でした。
カムさんは6歳の時に両親とともにボートピープルして船に乗りフィリピンへ逃げました。彼女が作品の中で、両親と船で逃げたときに船に乗り遅れた人や共産党に見つかって殺されてしまった人たちの死体が海に浮かんでいたことを記憶しており、幼い頃はそのことを夢でみて怖くて仕方がなかったと訴えていました。
普段とても明るいカムさんからそのような話を聞いたことがなかったので、とても衝撃的でした。
この作品ではないのですがニューオリンズでベトナム移民の方々と仕事をしているときに、船に逃げた時に船の中に食べ物がなくて6か月の赤ちゃんを餓死で亡くしたお母さんの話を聞きました。その話は今でも忘れることができません。
ニューオリンズには世界各地から来たたくさんの難民が住んでいます。シリア、ホンジュラス、イラク、アフガニスタン、ミャンマー、カンボジア、ベトナム等から難民を経験した方々がニューオリンズにいる今もなお、心に傷を負っているかもしれないことを考えるドキュメンタリーフィルムでした。
今日ルイジアナ州のショートドキュメンタリーフィルム特集を観に行ってきました。題材の半分がニューオーリンズに住む難民、移民についてでとても興味深かったです。カンボジア難民でニューオーリンズ郊外で漁師として暮らしている人の話、イラク難民でニューオーリンズに渡り、他の難民の生活を手助けするNGOで働いている人の話、ニューオーリンズのベトナム難民、移民のコミュニティーがどのように形成され、ハリケーンカトリーナから復興したかという話などでした。
私は今大学院内にある避難民研究センターでリサーチアシスタントとして働いているのですが、センターの同僚で元ベトナム難民だったスタッフ(カム)がドキュメンタリーフィルムにでていてびっくりしました!彼女がこのフィルムフェスティバルについて教えてくれ観に行くことになったのですが予想外でした。
カムさんは6歳の時に両親とともにボートピープルして船に乗りフィリピンへ逃げました。彼女が作品の中で、両親と船で逃げたときに船に乗り遅れた人や共産党に見つかって殺されてしまった人たちの死体が海に浮かんでいたことを記憶しており、幼い頃はそのことを夢でみて怖くて仕方がなかったと訴えていました。
普段とても明るいカムさんからそのような話を聞いたことがなかったので、とても衝撃的でした。
この作品ではないのですがニューオリンズでベトナム移民の方々と仕事をしているときに、船に逃げた時に船の中に食べ物がなくて6か月の赤ちゃんを餓死で亡くしたお母さんの話を聞きました。その話は今でも忘れることができません。
ニューオリンズには世界各地から来たたくさんの難民が住んでいます。シリア、ホンジュラス、イラク、アフガニスタン、ミャンマー、カンボジア、ベトナム等から難民を経験した方々がニューオリンズにいる今もなお、心に傷を負っているかもしれないことを考えるドキュメンタリーフィルムでした。
2017年9月25日月曜日
米国生活残り3か月
ブログを長らく更新してませんでしたが、無事に生きています。新学期が始まりドタバタしていたらあっという間に9月下旬になっていました。
アメリカでの生活も残り3か月を切りました。早速12月のアジアに帰る航空券を買ってしまいました。ミャンマーによって日本へ帰国する予定です。まだ論文審査委員会の先生方全員からはOKをいただいていないのですが、おそらく11月上旬に博士論文の口頭審査試験を受ける予定です。この審査に通れば晴れて12月に卒業です。卒業登録願いも先月提出しました。この口頭審査試験は大学院の誰でも出席することができ、私の友人や他の教授もおそらく見に来ることかと思います。
そしてこの夏にひっそり行っていた就活が実を結び、来年冬からの就職先がほぼ決まりそうです。この夏ニューヨークで面接を受けていました。就職先は私の大好きな東南アジアになりそうです。また就職内容については後日正式に決まれば書きたいと思います。就職の見込みが決まるとあまり期待していなかったので、よいお知らせをいただいたときは嬉しくて信じられませんでした。
マーク先生は私が卒業することについて、とても寂しそうですが(周りの人に悲しいと言っているそうです)、就職がほぼ決まったことより12月末までに私を卒業させねばとサポートしてくれています。ありがたい。
修士課程と博士課程合わせて5年近くいたアメリカからあと3か月でお別れとは未だに想像がつきません。タイやミャンマーで過ごした3,4年間と同じように数えきれないほどのことをここで学びました。国際社会で生きていくうえでのたくましさを培ったのが一番の成長かなと思います。アジア文化では敬遠されがちですが、Assertiveになったと思います。
こんなきれいなミシシッピ川の夕日を見ることができるのはあとわずか。悔いのない充実した3か月間を過ごしたいと思います。
アメリカでの生活も残り3か月を切りました。早速12月のアジアに帰る航空券を買ってしまいました。ミャンマーによって日本へ帰国する予定です。まだ論文審査委員会の先生方全員からはOKをいただいていないのですが、おそらく11月上旬に博士論文の口頭審査試験を受ける予定です。この審査に通れば晴れて12月に卒業です。卒業登録願いも先月提出しました。この口頭審査試験は大学院の誰でも出席することができ、私の友人や他の教授もおそらく見に来ることかと思います。
そしてこの夏にひっそり行っていた就活が実を結び、来年冬からの就職先がほぼ決まりそうです。この夏ニューヨークで面接を受けていました。就職先は私の大好きな東南アジアになりそうです。また就職内容については後日正式に決まれば書きたいと思います。就職の見込みが決まるとあまり期待していなかったので、よいお知らせをいただいたときは嬉しくて信じられませんでした。
マーク先生は私が卒業することについて、とても寂しそうですが(周りの人に悲しいと言っているそうです)、就職がほぼ決まったことより12月末までに私を卒業させねばとサポートしてくれています。ありがたい。
修士課程と博士課程合わせて5年近くいたアメリカからあと3か月でお別れとは未だに想像がつきません。タイやミャンマーで過ごした3,4年間と同じように数えきれないほどのことをここで学びました。国際社会で生きていくうえでのたくましさを培ったのが一番の成長かなと思います。アジア文化では敬遠されがちですが、Assertiveになったと思います。
こんなきれいなミシシッピ川の夕日を見ることができるのはあとわずか。悔いのない充実した3か月間を過ごしたいと思います。
2017年8月19日土曜日
20代をどう生きるか
もうすぐで秋学期が始まります。秋学期でティーチングアシスタント(TA)として2つのコースをもつ予定です。その1つのコースはCapstoneコースと言い、MPH学生(特に国際保健の仕事をしたい学生)の就職活動を準備するコースです。履歴書、カバーレター作成方法、面接の準備、途上国での生活、仕事と家族などのバランスのとり方などを教えるクラスです。私がこのようなコースのTAになり、MPH学生の就職活動をサポートするとは思ってもみませんでした。コースの中で私は途上国での生活について講義をする予定です。
就活中の私としてもなんてタイムリーなコースだと思っています(笑)。
コースの中でMPHの学生が読まなけばいけいない読み物としてThe Defining Decade:Why Your Twenties Matter--And How to Make the Most of Them Nowという書籍があてられています。秋学期が始まる前に読もうと思い面白くて数日で読みました。著者(Dr. Meg Jay)はTEDトークでもプレゼンをした有名なカウンセラーの先生です。
簡単に内容を言うと20代で培うことが今後の人生を左右するということです。研究によると20代の経験が人格形成の8割に影響を与えるそうです。何の目的なく人生を歩むのではなく、20代のうちに目標に向かって何か新しいことに経験したり、勉強したり、配偶者をみつけたり意義のあることをしようということです。著者は仕事、恋愛、健康(高齢出産のことも)などの分野に分けて20代ですべきことを著者の患者のストーリーを通じて書いています。20代、30代にとっても良書だと思います。
ぜひ著者のTEDトークみてください。日本語の字幕のTEDトークはこちら
就活中の私としてもなんてタイムリーなコースだと思っています(笑)。
コースの中でMPHの学生が読まなけばいけいない読み物としてThe Defining Decade:Why Your Twenties Matter--And How to Make the Most of Them Nowという書籍があてられています。秋学期が始まる前に読もうと思い面白くて数日で読みました。著者(Dr. Meg Jay)はTEDトークでもプレゼンをした有名なカウンセラーの先生です。
簡単に内容を言うと20代で培うことが今後の人生を左右するということです。研究によると20代の経験が人格形成の8割に影響を与えるそうです。何の目的なく人生を歩むのではなく、20代のうちに目標に向かって何か新しいことに経験したり、勉強したり、配偶者をみつけたり意義のあることをしようということです。著者は仕事、恋愛、健康(高齢出産のことも)などの分野に分けて20代ですべきことを著者の患者のストーリーを通じて書いています。20代、30代にとっても良書だと思います。
ぜひ著者のTEDトークみてください。日本語の字幕のTEDトークはこちら
2017年7月20日木曜日
PhD学生の就職探し
長らくブログを更新しませんでした。元気です。特に変わったことなく、毎日博士論文を書き、リサーチアシスタントとしてもくもくと働く日々が続いていました。博士論文は最終章を書いており、あと2,3ページを書き加えて、論文書きを終了します。あとは博士論文審査委員会の議長、マーク先生をはじめとし、その他の教授にみてもらうのみ。
何事もなければ秋セメスターに博士論文の口頭審査を終えて卒業する予定です。卒業が待ち遠しいです。3年ちょっとで卒業なら予定より少し長い期間でしたが、平均博士課程の在籍より短いです。平均は5年です。
夏から年末にかけて就職活動をしていくつもりです。私はPhDの学生にとって異色な非学術の世界で就職活動をしたいと思っています。就職先としては国際機関や国際NGOです。タイにあるメータオクリニックみたいな地域に根差した場所で仕事をするのは楽しいですが、PhDはそのような組織には不要です。そして安月給で家族を養っていくことは不可能です。
高学歴すぎになるし、できれば難民や移民の人たちがどのようにしたら医療機関に受診しやすくなるか政策レベルで考え、時々フィールドにでかけて調査するかんじで働きたいと思っています。メータオのような草の根の組織はとても重要なのですが、政策レベルで働きかけないと難民、移民の健康問題の根本的な問題は変わりません。例えばパスポートもワークパーミットもない難民、移民が保護国で医療保険なしに医療機関の受診をし、強制送還されないためにはどうするか等を考える仕事につきたいです。
一方でPhD卒業後多くの学生がポスドク研究員や助教授として大学で就職します。周りが大学で就職する人が多いので大学で就職しなければいけないのかしらという気にかられますが、流されないように気をつけています。同じPhD課程で勉強する友人から米国の大学で働く人ようの指南書をかり、読みました。もしアメリカでPhDを取得し、アメリカの大学で就職したい人にはお勧めの本です(The Professor Is In) 。
興味深く読みましたがアメリカの学術の世界で活躍するなんて私には到底無理だわと思いました。学術論文の投稿から助成金獲得まで翻弄される生活なんで無理です。
夏休みがあと1か月少しで終わります。残りの学生生活を悔いのないように過ごしたいと思います。
何事もなければ秋セメスターに博士論文の口頭審査を終えて卒業する予定です。卒業が待ち遠しいです。3年ちょっとで卒業なら予定より少し長い期間でしたが、平均博士課程の在籍より短いです。平均は5年です。
夏から年末にかけて就職活動をしていくつもりです。私はPhDの学生にとって異色な非学術の世界で就職活動をしたいと思っています。就職先としては国際機関や国際NGOです。タイにあるメータオクリニックみたいな地域に根差した場所で仕事をするのは楽しいですが、PhDはそのような組織には不要です。そして安月給で家族を養っていくことは不可能です。
高学歴すぎになるし、できれば難民や移民の人たちがどのようにしたら医療機関に受診しやすくなるか政策レベルで考え、時々フィールドにでかけて調査するかんじで働きたいと思っています。メータオのような草の根の組織はとても重要なのですが、政策レベルで働きかけないと難民、移民の健康問題の根本的な問題は変わりません。例えばパスポートもワークパーミットもない難民、移民が保護国で医療保険なしに医療機関の受診をし、強制送還されないためにはどうするか等を考える仕事につきたいです。
一方でPhD卒業後多くの学生がポスドク研究員や助教授として大学で就職します。周りが大学で就職する人が多いので大学で就職しなければいけないのかしらという気にかられますが、流されないように気をつけています。同じPhD課程で勉強する友人から米国の大学で働く人ようの指南書をかり、読みました。もしアメリカでPhDを取得し、アメリカの大学で就職したい人にはお勧めの本です(The Professor Is In) 。
興味深く読みましたがアメリカの学術の世界で活躍するなんて私には到底無理だわと思いました。学術論文の投稿から助成金獲得まで翻弄される生活なんで無理です。
夏休みがあと1か月少しで終わります。残りの学生生活を悔いのないように過ごしたいと思います。
2017年5月7日日曜日
PhDのABDとは
分析が終わり、博士論文の結果を書いています。論文を書きながらリサーチアシスタントとして2つのプロジェクトに関わっているので毎日慌ただしいです。
1つはマーク先生のハリケーンカトリーナに関連したベトナム移民のプロジェクトでデータコレクション(インタービュー)やデータマネージメントに関わる仕事です。同じプロジェクトで働く助教の先生が育児休暇を2か月取りはじめたので彼の仕事を私が代行でやっています(ちなみに働く男性が育休を取るのが当たり前になっているアメリカはすごい!)。
もうひとつは大学院の先生とともにUNAIDS(国連連合エイズ合同計画)のコンサルの仕事をしています。モロッコに住む女性のセックスワーカーについてのプロジェクトなのですが最近している仕事の中で最も面白いプロジェクトです。どっちの仕事の内容もまた時間があるときにブログに書ければと思います。
今日のテーマはPhD課程のABDについてです。PhDの学生にはABDと呼ばれるステータスにいる人がたくさんいます。私もその一人です。ABDとはAll but dissertationという略語でコースワークと総合試験は終了したけど博士論文は書き終えていない人たちのことを指します。ABD期間に論文を書くのが嫌になり鬱になる人結構います。
ABDの期間が長くなり、なかなか卒業できない人たちの原因は
①パートタイムやフルタイムワーカーとして仕事をしながら論文を書くのが難しい。
②論文を書いた経験がなく時間がかかる。または論文のテーマが決まらない。変更した。論文に取り掛かるまでの時間が長い。
③データコレクションを自分で行わなればならない。倫理委員会の審査、データコレクションのための資金確保など時間がかかる。
④わざとABD期間を延ばす。その間に博士論文以外の論文を執筆し学術雑誌に投稿する。功績が次の就職活動につながる。
⑤出産をし育児をしながら論文書きが難しい。
⑥博士論文審査委員会のメンバーが論文を読んでくれない。読むのが遅い。
などなど挙げればきりがないのですが⑥は列挙した中でも、深刻な原因で多くのPhDの学生が頭を抱えているのをみてきました。正直に言うとマーク先生は⑥の読むのが遅い教授に入ると思います。そのことを知っているので他の人に比べてかなり早い時期から論文に取り掛かり、今のところ同期の中では私が一番卒業に近いと考えられます。ただしブログに以前登場したパキスタン人の友人は今年の3月記録的な早さ(3年未満)でPhDを卒業しました。彼はものすごく頭がいいのと、お子さん2人と奥さんが故郷で待っていることもありかなり頑張って先生の協力も得、卒業しました。
同じくマーク先生を審査委員会に持つPhD5年目の友人がいるのですが、この5月に卒業ができなくかなり落ち込んでいます。マーク先生、早く彼女の論文を読んで卒業させてあげて!と思うのですが卒業の目途はたっていません。恐ろしや。彼女は論文の取り掛かりが遅かったので卒業が延び延びになってしまいました。
読むのは遅いけど私の場合はマーク先生が私の教授でよかったと思います。移民の勉強をするのは大学院ではこの先生しか思い浮かばないし、放任主義の教授ではないし、学生を大切にしてくれる。几帳面であとは相性が合います。Disorganizedの先生にあたるほうが嫌です。
博士論文にしっかりと目を通すこともなく卒業させる教授も中にはいたりしてびっくりするのですが、教授選びはPhD取得までの運命を左右するといっても過言ではありません。今からPhDで勉強する方、教授選びを慎重にしましょう。
最後にアメリカのPhD学生なら誰でもが知っていると思われるPHDcomicsより漫画です。この漫画に登場する学生の気持ちがよくわかる!
1つはマーク先生のハリケーンカトリーナに関連したベトナム移民のプロジェクトでデータコレクション(インタービュー)やデータマネージメントに関わる仕事です。同じプロジェクトで働く助教の先生が育児休暇を2か月取りはじめたので彼の仕事を私が代行でやっています(ちなみに働く男性が育休を取るのが当たり前になっているアメリカはすごい!)。
もうひとつは大学院の先生とともにUNAIDS(国連連合エイズ合同計画)のコンサルの仕事をしています。モロッコに住む女性のセックスワーカーについてのプロジェクトなのですが最近している仕事の中で最も面白いプロジェクトです。どっちの仕事の内容もまた時間があるときにブログに書ければと思います。
今日のテーマはPhD課程のABDについてです。PhDの学生にはABDと呼ばれるステータスにいる人がたくさんいます。私もその一人です。ABDとはAll but dissertationという略語でコースワークと総合試験は終了したけど博士論文は書き終えていない人たちのことを指します。ABD期間に論文を書くのが嫌になり鬱になる人結構います。
ABDの期間が長くなり、なかなか卒業できない人たちの原因は
①パートタイムやフルタイムワーカーとして仕事をしながら論文を書くのが難しい。
②論文を書いた経験がなく時間がかかる。または論文のテーマが決まらない。変更した。論文に取り掛かるまでの時間が長い。
③データコレクションを自分で行わなればならない。倫理委員会の審査、データコレクションのための資金確保など時間がかかる。
④わざとABD期間を延ばす。その間に博士論文以外の論文を執筆し学術雑誌に投稿する。功績が次の就職活動につながる。
⑤出産をし育児をしながら論文書きが難しい。
⑥博士論文審査委員会のメンバーが論文を読んでくれない。読むのが遅い。
などなど挙げればきりがないのですが⑥は列挙した中でも、深刻な原因で多くのPhDの学生が頭を抱えているのをみてきました。正直に言うとマーク先生は⑥の読むのが遅い教授に入ると思います。そのことを知っているので他の人に比べてかなり早い時期から論文に取り掛かり、今のところ同期の中では私が一番卒業に近いと考えられます。ただしブログに以前登場したパキスタン人の友人は今年の3月記録的な早さ(3年未満)でPhDを卒業しました。彼はものすごく頭がいいのと、お子さん2人と奥さんが故郷で待っていることもありかなり頑張って先生の協力も得、卒業しました。
同じくマーク先生を審査委員会に持つPhD5年目の友人がいるのですが、この5月に卒業ができなくかなり落ち込んでいます。マーク先生、早く彼女の論文を読んで卒業させてあげて!と思うのですが卒業の目途はたっていません。恐ろしや。彼女は論文の取り掛かりが遅かったので卒業が延び延びになってしまいました。
読むのは遅いけど私の場合はマーク先生が私の教授でよかったと思います。移民の勉強をするのは大学院ではこの先生しか思い浮かばないし、放任主義の教授ではないし、学生を大切にしてくれる。几帳面であとは相性が合います。Disorganizedの先生にあたるほうが嫌です。
博士論文にしっかりと目を通すこともなく卒業させる教授も中にはいたりしてびっくりするのですが、教授選びはPhD取得までの運命を左右するといっても過言ではありません。今からPhDで勉強する方、教授選びを慎重にしましょう。
最後にアメリカのPhD学生なら誰でもが知っていると思われるPHDcomicsより漫画です。この漫画に登場する学生の気持ちがよくわかる!
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