2016年9月25日日曜日

Missed abortion (稽留流産)①

今回はとてもデリケートなことを書きたいと思います。このブログを読んでいる方には20代、30代の女性で国際保健の勉強や仕事をしたい人がいると思うので、同世代の女性に私が最近体験し学んだことを共有したいと思います。

最近稽留流産を体験しました。まさか自分が流産すると思っていなかったのでショックでしたが今は手術を終え、心も身体も落ち着きました。

今年4月末に総合試験を終え、これからは自分のペースで卒業に向けて論文の準備ができるし、赤ちゃんができればと思っていた矢先、8月に妊娠していることがわかりました。
夫ともに思ったよりも早く妊娠できたことを喜んだのを覚えています。以下は時系列で書きます。

8月12日(4W1D) 市販の検査薬で妊娠陽性を確認。

9月8日(8W0D) 産婦人科外来受診。私の担当は助産師さん。米国では普通分娩の妊婦さんい対し、助産師さんが処方箋、超音波オーダーなど日本の医師並みに外来をしています。

尿検査でも妊娠陽性。米国では妊娠8週目くらいからしか妊婦さんをみてくれません。7週、8週目以降でないと胎児心拍が確認できないからということです。超音波検査も出産まで2,3回のみ。

9月16日(9W1D)初めての超音波検査。胎児が7週と2日目で成長が止まっていると医師より伝えられる。自覚症状はなく食べづわりあり。血液検査ではHCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)が22000mlあり。この怪獣みたいな名前の血液検査の項目は妊娠が成立すると急速にあがります。50ml以下が妊娠陰性です。

9月18日(9W3D)少量の出血あり。

9月21日(9W6D) 
3:00 pm ころより30分おきに腹痛がはじまる。

8:00 pm 腹痛で自宅のトイレに何度も駆け込む。鮮血でトイレが血の海に。

10:00 pm 15分おきの間隔で痛みあり。起き上がることができず床に横になる。

11:00 pm シャワーをあび就寝。

3:00 am 激痛で起き上がる。トイレに駆け込みまた鮮血。

6:00 am 朝方までトイレとベットの往復。15分おきに腹痛あるも痛み止め飲み、再び就寝。

9月22日(10W0D)
8:00 am 起床。予定されていた助産師外来へ向かう準備。9時半車に乗って病院へ(あとで助産師さんに怒られる。。。具合が悪いのに運転してはいけませんと。。。)

10:00 am 助産師さんによる内診。子宮頚管に詰まっていた3センチほどの胎芽を除去してもらう。腹痛があっという間になくなる。

1:00 pm 超音波検査。完全流産したかと思ったものの、子宮内はまだ厚くたくさんの血の塊が見られると検査技師に言われる。

2:00 pm 助産師さんに週末に入る前に外科的手術により子宮内の全てのものを除去するか、子宮収縮剤によってまた痛みに耐えながら完全流産するかどちらかを選んでと言われる。子宮収縮剤は大出血を伴う場合があり、緊急時にはER(救急室)に来てもらわないといけない。もし子宮内がきれいでなければ結局外科的手術を行う必要があると言われる。週末に入るので金曜日までに子宮内をきれいにしないと感染症になり状態が悪化する場合があるので今すぐに決めるようにと言われる。

助産師さんに決断するまで10分下さいと頼みこむ。。。

Missed abortion (稽留流産)②へ続く







2016年9月19日月曜日

出産と死

今週無事に車の免許を取りました。ニューオーリンズ市内を自由に運転できてうれしいです。便利。

9月に入ってから心が沈むことがたくさんあり、全くやる気がでません。こんなときに限って夫はニューオーリンズにはおらず、落ち込みます。論文の研究提案書もあともう少しなのに教授が忙しくなかなかみてもらえず、私も投げている感じです。

私の健康が不調なこともひとつあったのですが、なんといっても一番ショックだったのは東京に住んでいたときに仲が良かった友人が出産後に急死してしまったことです。ニュースを知ったときは信じられず、何かの冗談だろうと思っていましたが、本当の話しでした。彼女の笑顔と一緒に東京で過ごしたことを思い出しては涙していました。赤ちゃんは無事に生まれたものの、どうしてあんなに素敵な友人が若くして亡くならなければならなかったのか考えると悔しくて涙がでます。友人は中近東の国でシリア難民を支援する仕事をしており、現地で出産し命を落としました。

旦那さんを初めとし、ご家族の悲しみは計り知れないと思います。考えただけで胸がしめつけられます。

同時にシリア難民の方々は十分に医療サービスを受けることなく、きっと毎日のようにお母さんと赤ちゃんの命が亡くなっているのだと思います。

明日はニューヨーク国連総会で難民サミットが開催されるようです。注目したいと思います。 http://refugeesmigrants.un.org/summit

世界で難民として苦しんでいる人たちのことを考えるといつまでもくよくよせず、前向きにならないとと思います。

2016年9月4日日曜日

試験落ちる

水曜日にRoad testとよばれる車の技術試験を受けました。

前日は緊張のあまり全く眠れず、試験の際も緊張してしまいました。何事もなく終わったのですが、試験官から

"You did ok, but you looked too nervous."

運転そこそこだけど緊張しずきと言われました。試験の結果はfailed! 不合格。

落ちた日はショックでした。仮免許みたいなものをもらい(learner's permitというらしい)、今では大学院やスーパーに行くには車で出掛けています。夫が用事でミャンマーに帰国中ということがあり、アメリカ人で免許を持つ友人を車に乗せ、公道を走っています。

運転にもだいぶなれ、ひとりでどこでも行けそうな感じです。再来週の試験には合格できるよう練習したいと思います。

しかし路上の運転試験、博士の総合試験より緊張しました(苦笑)。そんなことを言ったら友達に笑われました。。。総合試験中毎日8時間寝てたのは私ぐらいです。準備するって大事と痛感したroad testでした。

2016年8月27日土曜日

アメリカで車の免許を取る

車をせっかく買ったので私も運転したいと思い、教習所に登録しました。ニューオーリンズでは1日の道路に関わる法律の授業などを受け、筆記試験に合格したら早速公道で車の運転練習です。運転はたった8時間(4日間×2時間)だけです。8時間の練習後、実技試験を受け免許を取得することができます。

教習所で払うお金は370ドルのみ!破格です。日本だったら30万円以上はかかるのに。

日本で運転免許を持っていない私ですが、初めて公道で8時間運転しました。運転練習はスパルタで、3日目には高速にのり時速100キロ以上出してミシシッピー州近くまで走りました。日本では考えられないと思います。今振り返っても恐ろしすぎます。。。

でもハイスピードで運転するのちょっと快感になります(汗)。

来週の水曜日に実技試験で受かれば来週から運転できます。夫は助手席に乗りたくないわー!と言っています(涙)。

写真はうちの車です。4カ月前に中古のディーラーショップで買いました。2007年の日産のセントラ(セントラは北米にしかないらしい)。購入費は税金などを合わせると4000ドル近くなりました。時間があるときにアメリカで車の買い方方法も報告したいと思います(すごく苦労しました)。



2016年8月10日水曜日

オバマ大統領の論文

オバマ大統領の論文がthe Journal of America Medical Associationに掲載されました。アメリカ版国民皆保険制度、Affordable Care Act (ACA)について書かれています。良いことばかりかかれていますが、現役の大統領で論文に出してまで、保健制度を熱く語る大統領はもうでてこないかもしれません。少なくともトランプ氏はこんな論文書かないと思われます。
興味深い論文です(薬業界や共和党への非難も書かれています)。興味ある方ぜひ下のリンクから読んでみて下さい。保健システムがよければ留学生や移民にとって少しは住みよい国になるのになぁ。
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2533698

2016年8月6日土曜日

ニューオーリンズのミャンマー(ビルマ)コミュニティー

ニューオーリンズに住むミャンマー人は夫と大学院で勉強するミャンマー出身の留学生しかないと思っていたのですが、いました!ニューオーリンズ郊外に100-200人近くのミャンマー人コミュニティーを発見したのです。さすが人種のるつぼアメリカ。すごいです。夫も大喜び。

出会いは突然でした。3週間前にスーパーで夫ともに買い物をしていた時のこと。私がミャンマー人っぽいスーパーの店員さんを発見し、

私「ねぇ。あの人ミャンマー人っぽいと思わない??カレン族かな?」
夫「そうかなー。」
私「声かけてみよう!」
夫「えっ?(苦笑)変な人って思われるぞ。」
私「すみません!!あの、どこの国出身ですが?」(突然店員に声をかける私)
店員「バーマ(Burma:ビルマ)です。」
夫・私「おおおおーーーー!!!」(私の方が夫よりミャンマー人を発見するのに優れている!笑)

ってな感じでミャンマー人コミュニティーの一人を発見。スーパーで仲良くなり電話番号を交換。そのあと友人になった店員さんの友人たちを紹介され、でるわでるわたくさんのミャンマー出身の人たち。主にミャンマーで一番貧しいと呼ばれるチン州出身の方々でクリスチャンです。カレン族も見つけました。ほぼ全員難民として第三国定住プログラムからアメリカに定住した人たちでした。マレーシアにある難民キャンプからアメリカに移ったようです。ほとんどの人が在米歴まだ10年未満。

大多数がニューオーリンズ市内か隣の市に住んでいました。写真はチン族出身の友人の家近くにて取りました。湖が近くにありとてもきれいでした。ニューオーリンズにかかっているアメリカで一番長い橋を渡って隣の市まで訪問しました。


橋が見えるでしょうか。

湖の名前。歴史も書かれています(興味あればぜひ読んでください)。

人生初に食べたチン料理。なかなか美味しかったです。

ミシッシッピー日帰り旅行

2,3週間前のことなのですが、日帰りでミシシッピー州まで旅行に行ってきました。初めて車で遠出をしました(夫が運転しました)。ミシシッピー州はこのニューオーリンズがあるルイジアナ州の隣の州です。ニューオーリンズから車で2時間くらいで行けます。ミシシッピー州は海に面しており海水浴目的で旅行する人がたくさんいるようです。

写真は天候よさそうに見えるのですが雨上がりで寒くとても泳げる状態ではありませんでした。街は田舎という感じでよくアメリカ人がミシシッピーのことをDeep Southと呼んでいます(私の住むルイジアナ州もDeep Southの一部です)。

2010年にメキシコ湾沖合で起こったBP社の原油流出によりミシシッピー州の海はとても汚れていたそうですが、今では見た目きれいになったようです。ミシシッピー州に住むアメリカ人いわく今でも他の海と比べてミシシッピーの海は見えないけれど汚染されているそうです(旅行後に聞きました汗)。海の中に入って泳がないほうがいいと言っていました。もし泳ぎたいならミシシッピー州隣のフロリダに行った方がよいでしょうと言われました。

ドナルドトランプを応援している家庭の家にはトランプ応援の旗が堂々と飾られていました。さすが田舎(こんなことしている人は都会のニューオーリンズにはいません汗)。あの旗写真撮っておけばよかった(苦笑)。