2016年6月6日月曜日

博士論文 Prospectus Defense準備

この夏はおそらく旅行に行くこともなく、Prospectus Defenseの準備に時間をかける予定です。Prospectus Defenseとは博士課程の学生がどういう論文を書きたいのか、口頭で約30分かかて、博士論文審査委員会に説明するという博士課程の学生にはなくてはならない儀式です。このProspectus Defenseに通過して、晴れて私は博士号取得候補者(PhD Candidate)になる予定です。

このProspectus Defenseを行う前に30ページ近くのプロポーザルを書き、博士論文審査委員会の長(私の場合はマーク先生)にOkを出してもらって、はじめてProspectus Defenseのプレゼンテーションの準備を進めることができます。

さて肝心の私の論文テーマはなんと「ハリケーンカトリーナ災害復興の軌跡:ベトナム移民における健康と医療アクセス」です。

こんなにミャンマーのことを長くやってきたのになぜにベトナム移民??と思う方もいるかもしれません。論文テーマを決めるのは苦渋の決断でした。

でも今となってはこの決断に間違いはなかったのではと思います。以下の内容はこれからPhDで博士論文の内容を決める方の参考になればなと思います。

教授をハッピーにすること
博士論文を書くにあたって一番大事なのは論文審査委員会の長(私でいえばマーク先生)との人間関係です。ベトナム移民はマーク先生の専門分野。マーク先生はずっとわたしに彼のデータセット(2005年から2010年までのベトナム難民のコホートサンプル)を使い論文を書いたらいいのになと熱烈なアプローチをしてきました。

去年ハーバード大学とミシガン大学などとともにハリーケーンカトリーナに関するNIH(米国保健省)の1億円近い助成金を手にしたばかりの彼にはベトナム難民の論文本数を教え子が増やしてくれるのはもってこいだったのだと思います。

論文委員会の長との関係が悪く卒業まで困難を極めた学生さんたちを見てきたので、この教授をハッピーにするというポイントはとても大事です。

論文のデータ収集を自力でできるのか?
先生のアプローチを断ってミャンマーの結核問題を書くことになれば先生は論文を見てくれるのか、卒業が遅くなるのではととても心配でした。先生は「アイコがミャンマーの難民キャンプの結核スクリーニングを書くことにしても読むよ。」と言ってくれたのですが、そこで大きな問題が発生しました。

去年夏に元職場の上司と面談したところ「難民キャンプの結核スクリーニングのための資金は半分しか得てない。」と言われました。これは困りました。半分しか難民キャンプの結核スクリーニングができないのではれば私の研究は中途半端なものとなってしまいます。これをマーク先生に話したところ「Risky!」と難民キャンプで論文を書くことを避けるようにアドバイスを受けました。

さらにミャンマーの難民の帰還が近々予想されているので、この不安定な情勢中で難民キャンプで論文を書くには本当に中途半端な結末で終わってしまう可能性があると思います。

卒業目標年と資金
他のテーマでミャンマーのことを書くこともできたのですが、最初から自力でデータ収集しなければならず1年以上はデータ収集にかかることが予想されました。

いただいている給付の奨学金が3年間で終わってしまうので3年間で卒業するために現実的な方法を考える必要がありました。先生をハッピーにしながら3年以内で卒業するためにはベトナム移民について既存のデータを用い論文を書くことが一番無難な選択でした。

もともと日本にいるベトナム難民の友人に出会ったことがきっかけで難民関係の仕事をしたいと思うようになったので、ベトナム移民のことについて書くことも私のMissionには十分合うと思い、今はベトナム移民についてのプロポーザルを書いています。去年ベトナム移民コミュニティーでもお仕事をする機会があったのでご縁があったと思い頑張りたいと思います。
写真はこの冬にニューオーリンズ東部にあるベトナムコミュニティーを訪ねた時の写真です。

                ベトナムの新年祭にて


              ベトナムのカソリック教会にて








2016年5月25日水曜日

IYCFとは

最近全くブログを更新していませんでしたが元気です。渡米4年目にして初めて車を買いました。と言っても夫が乗りまわして私は運転ができないのですが、夫婦で車があると行動範囲が広がり便利でありがたいです。米国で車を買った経験や博士論文の準備について等をブログで書きたいなと思っているのですが、本日はIYCFのテーマで書こうと思います。

IYCF?私は今年になるまで恥ずかしながらこの単語を聞いたことがありませんでした。ちなみにYMCAとは関係ありません(汗)。

IYCFとはInfant Young Child Feeding(乳児の食事)についてです。母子保健の業界用語だと思います。UNICEFのホームページには詳しく説明されています。こちら→UNICEF IYCF

今Tulane大学とUNICEFエチオピア事務所が共同で行っているモニタリング評価プロジェクトのリサーチアシスタントして毎日働いているのですが、その内容がエチオピア郊外のIYCFの現状とニーズを評価するというものです。評価対象のある地域では子供の40%近くが栄養失調状態だったりとエチオピア飢饉の再来を思わせるような深刻な栄養問題を抱えている地域があります。

そのような地域で完全母乳(Exclusive breastfeeding)、 離乳食の開始(Complementary feeding)、お母さんとその家族がどのように赤ちゃんに食事を与えているか等などの調査内容を分析しています。

去年の末からずっと母子保健の仕事が立て続いており、IYCFは未知の世界でしたが(私には子供を育てた経験もないですし)興味深く事態の深刻さを痛感させられました。

干ばつで作物が取れない。貧しすぎて十分にお肉など高価な食べ物は買うことができない。水を汲みにロバに乗って4時間かけて川まで行く等など日本では考えられないようなことを仕事で学びました。

またお母さんや家族が生後6か月までの完全母乳の重要性をわかっておらず、赤ちゃんに水やジュースをあげてしまったり、食事の準備前の手洗いの実施等いろんなIYCFに関わるデータの分析をしています。

もともとHIVやTB(結核)の仕事に興味があったのですが、IYCFをはじめとした母子保健も大事でやりがいがある仕事だなと最近実感しました。

最後にエチオピアの栄養についてのビデオ。現地がどのような状況なのか痛いほどに伝わってきます。









2016年5月2日月曜日

総合試験合格

数日前に無事総合試験は合格!というメールを博士課程をコーディネートする教授からもらいました。私の博士課程同級生(アメリカ人、イラン人、バルべトス人、パキスタン人)も全員合格しました。みんなで1月から毎週勉強会を開き勉強しただけあってうれしいです。去年もおととしも私の学科内で試験に落ちている人がいるので、全員合格できてよかったです。

さてこの総合試験後は博士論文の提案書を提出しなければいけません。Prospectus Defenseというイベントが待っています。博士論文審査委員会の教授陣の前で口頭でどのような研究をするのか、手法、分析方法などを発表します。目標は今年7月までにそのProspectus Defenseを行うことができればと思っています。担当教授のマーク先生は「7月までにできないことはないと思うけど、アイコは野心的だ。」と言われましたが、来年の春に卒業するために歯を食いしばってでも新学期が来る前に終わらせようと思います。




2016年4月24日日曜日

総合試験終了

1カ月近くブログを更新していませんでした。先週4日間は博士課程の総合試験を受験し、その1カ月前は総合試験のために真剣に毎日勉強していました。

試験の結果は来週の木曜にでる予定ですが、合格してほしいです。試験勉強したため、そんなに試験自体は難しく感じませんでした。合格すればやっと博士論文に取りかかることができる予定です。アメリカの博士課程コースワークは2年。このコースワーク修了後の理解度を測るために総合試験があります。

今週一週間は試験後のため抜け殻のような1週間を過ごしてしまいました。やる気がでない。。。

来週の木曜の試験結果までまで気が気でなりません。試験の準備のために1か月間お休みをいただいていたリサーチアシスタントの仕事も開始します。今度も3人のお子さんがいる教授とともにUNICEFのエチオピアのモニタリングと評価の仕事です(乳児の栄養と医療サービスの普及率についてです)。6月半ばまでにレポートをまとめる予定です(早く働きはじめないとです)。

昨日からニューオーリンズではジャズフェスティバルが開催されました。5月の1日までほぼ10日間にわたり開催され、アメリカ全州あるいは世界からジャズを聴きにたくさんの人(おそらく何万人)がニューオーリンズを訪れます。私も昨日はじめてジャズフェスに行ってきました(総合試験お疲れさまということで師匠のマーク先生が無料のチケットをくれたのです。感謝涙)。生の野外演奏聴けて楽しかったです。ちなみにチケットは通常1日1名75ドルします。うーん、貧乏学生には高いお値段です。






2016年3月25日金曜日

難民になると決めた日

「私、卒業したら難民申請をしようと考えているんだ。」

同じ大学院で勉強しているA国出身の友達から衝撃的な事実を知りました。A国は長年内戦に苦しみ多くの難民を出しているイスラムの国です。首都でも頻繁にテロがあります。

「両親は(母国に)帰ってくるなと言っているの。そのほうが私の将来のためだって。」

友達の難民申請予定の話を聞いてから1週間も経たないうちに、イスラム国のベルギーテロのニュースがありました。

ベルギーで罪もない方々が犠牲なりご冥福をお祈りしたいと思うと同時に、シリアやイラクでは毎日のように爆弾テロで何千人もの命が犠牲になっていることを忘れてはならないと感じました。

メディアではベルギーやパリのテロに焦点があてられることが多いです。先進国で起こってしまった悲惨な出来事は実はイラクやシリアでは日常なのではと思います。私たちは問題の根源に目を向けるべきなのかもしれません。

下記のリンクはアルジャジーラのWebsiteでHead to Headというコーナーからの動画です。


ブッシュ政権時代に2003年よりイラクオペレーションに関わった政治家ポールブレーマーがインタービューに答えています。

ブッシュ政権のイラク進撃が今のイスラム国の結成につながったのではという内容です(イスラム国の約25%の兵士がサダムフセイン政権消失により職を失った元イラク兵士であるということを初めて知りました)。

日本ではこのようなニュースは報道されることは少ないと思うので、気になる方はぜひ視聴してほしいです。


2016年2月9日火曜日

12 Years a slave それでも夜は明ける

マルディグラス(謝肉祭)中に観たかった映画をみました。12 Years a slaveというタイトルの映画です。日本でもずっと前に公開されていて「それでも夜は明ける」というタイトルで観れます。



映画内容はアメリカの南北戦争が終わる前の1840年代の黒人奴隷についてです。映画は実話に基づくものです。

舞台のはじまりはニューヨークで自由黒人(奴隷ではなく一般人)として働いていた男性が突然誘拐され、ニューオーリンズで黒人奴隷として売り飛ばされるところから始まります。

ニューオーリンズ郊外にある綿農園などで強制労働をさせられた黒人奴隷。奴隷に対する雇用主の非情な暴言、暴力。画面に目を受けるのがとてもつらかったです。

私の仲の良い友達には黒人の友達もいるので、彼らがこの映画を観るのはどんな気持ちなんだろうかと考えさせられずにはいられませんでした。

ニューオーリンズの街は今だに黒人が住むエリア、白人が住むエリア、黒人が通う教会、白人が通う教会等と自然に分かれています(もちろん法律では決まっていません)。黒人のホームレスの数は圧倒的に多く、無職の黒人が多いです。1960年代までアメリカで差別は合法化されていたと思うので彼らは不利な立場から社会で共存しています。

人種問題に興味がある方、アメリカに留学する予定の学生さん、ニューオーリンズに観光に来られる方等にぜひみてもらいたい映画です。





2016年2月7日日曜日

今度の上司は3人の子育てをするママ

1月からカンボジアの母子保健サービスの利用状況とその妊産婦からみた財政的困難を評価するというプロジェクトでリサーチアシスタントとして働いています。プロジェクトは大学院の教授がコンサルタントして受けているプロジェクトでカンボジアの保健省、ケアインターナショナル、セーブザチルドレンなどの国際NGOが関わっています。

昨年関わっていたUNFPA(国連人口基金)のミレニアム開発目標評価プロジェクト(指標5の妊産婦の健康改善)は正式には終了したものの、まだ報告書の修正などに関わっています。本当に長いプロジェクト。偶然なのか私の最近の仕事内容は母子保健に関するものが多いです。

今回のブログは私の新しい上司であり、3人の子育てをする助教授について話をしたいと思います。

先生から3人の子ども(10歳、6歳、3歳)がいて家は本当大変なのよ~!と聞いたときはびっくりしました。30代前半に見えて私よりも小柄な先生(アメリカの白人女性にしたは珍しく155センチほどの身長)が3人のお子さんを育てる40歳のお母さんとは一緒に働くまで知らなかったからです。

先生のだすオーラがアジア人のようにおっとりしていて(小柄でカンボジアに4年住んでいたため?笑)、近づきやすく先生との会議のときには子育てと仕事の両立の大変さについて世間話をしたりています。たぶん私が家庭と仕事の両立をすることが大変だとわかっているためか、先生から

「Aiko-!今週の土曜日空いてたらレポートのまとめをしてほしいのだけど大丈夫?(月曜日にドナーへ提出予定)マルディグラス(謝肉祭)のパレード中にこんなお願いをしてごめんね。でも助けてくれたら本当に助かる!(←先週末も先生のプロジェクトレポートを急いで書いていました汗)」

などと休日にでも仕事を頼まれます。

先生のお子さんたちはきっとママとパパと土曜の昼パレード見に行きたいだろな(今ニューオーリンズは謝肉祭パレード真っ只中で来週火曜日まで毎日パレードです)。。。。よし!やりますか。。。と仕事を引き受け今日は土曜ですが一日報告書のまとめをしていました。

女性としてキャリアと育児を両立させようとしている上司は私のモデルにもなるし、応援したくもなります。

大学の学科内のフロアでは現在子育て中の女性教授陣ばかりです。私のオフィス前の先生は「搾乳中のためドアをノックしないでください」というプレートをかけて搾乳されています(10カ月の赤ちゃんがいるママ)。理解力がありサポートしてくれる旦那さんや家族の存在、ベビーシッターを雇うだけの経済力はこの両立に不可欠なものかもしれません。

ただ日本の大学院では育児と仕事を両立している女性の先生は少ないだろうなと考えられずにはいられないです。

今の先生も私の同じように30代前半で博士課程に進学し、勉強中に32歳、34歳と赤ちゃんを2人出産しました。

「博士課程に出産したほうがいいわよ~。フルタイムで働き始めたら産前、産後休暇取りづらくなるからね!」と今の上司に言われ、他の子持ちの女性教授陣にも言われました(笑)。

育児と仕事を両立している先生たち、大変なことは多いだろうけどかっこいいです。刺激になります。私のブログが今後マタニティーブログになることがあれば楽しいだろうな(今のところ予定はないですが汗)。