2015年6月21日日曜日

世界難民の日


6月20日は世界難民の日でした。私はミャンマーからの難民、移民をはじめとし、世界で困難に直面している難民、移民の健康を守る仕事をプロとしてしていきたいと思っているので今年の世界難民の日もいろいろと考えていました。

先日大学内で社会学部生向けの授業、Immigration Policy(移民政策)というコースでゲストレクチャーとして授業をさせてもらいました(特別講師として英語で1時間授業をさせてもらうのは初めてで緊張しましたが)。内容は「カレン族難民と健康」でした。

ニューオーリンズにはカレン族の難民が住んでいないので、学生さんのほとんどがカレン族の存在を知らなかったのですが、授業では活発なディスカッションが進み、世界中から難民、移民を引き受けるアメリカの学生さんたちが将来カレン族の難民を身近な存在として感じてもらえたらなと思いました。

写真はタイとミャンマー国境にあるメラ難民キャンプの小学校授業風景。

 

先週ニューヨークタイムズに載っていた記事が世界の難民問題について写真とともにわかりやすく伝えているのでリンクを載せたいと思います(下記)。
 

国連の調べによると難民の数は第2次世界大戦後、過去最多だそうです。その多くはシリア、イラクからの難民をはじめとし世界中に散らばっています。
ニューヨークタイムズの記事ではミャンマーからのロヒンギャ難民についても掲載しています。

アメリカにいると多様なバックグランドをもった人たちと出会います。
イラク、ベトナム、ミャンマーから第三国定住した友人たちにアメリカで知り合うことができました。

大学院内で出会った私の仲の良いアフガニスタン人の女の子は、タリバン政権時代にアフガニスタンの中で教育を受けることができなかった(タリバン政権は女性の教育を禁じている)ため、家族とともに隣国のパキスタンに移動し、10年間母国から離れるほか選択肢がなかったと聞きました。

同じ大学で修士課程時代に出会ったシリア人の医師はいったい今どこにいるんだろうともあのシリアの内乱当初からずっと考えています。

今は大学院の中で勉強することしかできませんが、難民、移民の健康問題に携わるべく早く現場で仕事がしたいです。





2015年6月14日日曜日

肌の色(続き)

最近テキサス州で衝撃的な事件がありました。白人の警官が15歳の黒人少女の髪をひっぱり地面に顔を突きつけ、拳銃を取り出すという事件です。

事件の発端は白人と黒人少年少女たちが公共のプールで遊んでいたのですが、騒がしく(仲間内で喧嘩?)近所の住人が警察に通報しました。駆けつけたその白人警察はなぜか黒人の女の子だけを引っ張り出し、地面にたたきつけ銃を取り出しました。その様子がYoutubeに流れ、人種差別の疑いから白人警官は辞職することになったですが、いまだにこんなことが日常茶飯事とは信じられません。私もそのニュースを映像で見たのですが、その警官が常軌を逸しているのがよくわかります。

社会の秩序を守る警察官という立場が職権を乱用し、人種差別に加担するなんて。

そのニュースについて前回ブログで登場したバルバトス人の友人と話していました。友人は泣かずにしてニュースを見ることができなかったそうです。

私も自分がアフリカ系アメリカ人に生まれていたら、肌の色で様々な差別を受けたり、不公平な目にあったりしていたかもしれません。彼らの苦難は私たちには計り知れません。

学校の近くの廃墟となったビルに落書きがあるのですが、黒人の男性と思われる絵が描かれており、その落書きには

「Why can't you play with my son? Does our skin color matter?(なぜあなたは私の息子と遊んでくれないのですか。私たちの肌の色に問題はありますか)」

と書かれています。

昔見たCrash(クラッシュ)と映画を思い出しました。アメリカ社会って複雑です。 



2015年6月6日土曜日

PhD学生の仕事

6月に入って一週間で頭が白髪になるのではと思うくらい、仕事が忙しく夏が怖いです。

学内にあるUSAID(米国開発庁:日本で言えばJICA)の下で運営されている研究機関のリサーチアシスタントとして働き始めました。週30時間です(本当はフルタイムで働くレベルの仕事なのですが、他の仕事と研究が忙しくて不可能!)。

仕事の内容はFamily Planning(家族計画)とHIVのIntegration Indicator Reviewというものです。簡単に言うと途上国にあるHIVの治療や予防サービスを提供している医療機関がどのように家族計画に関するサービスを提供しているのか評価しなければいけません。その評価基準を見直すのが私の仕事です。その見直しによってUSAIDの現在使用している家族計画とHIVの評価基準が変わるかもしれません。

毎日家族計画とHIVの世界中の文献を読み漁っています。主にアフリカですが未知の世界です。私の仕事はMonitoring and Evaluation(M&E: モニタリング評価) という分野に入るのですが、秋学期にMonitoringコースのTeaching Assistantをする予定なのでとてもためになります。

この週30時間の仕事に加えて、新規事業として始まったのが、ニューオーリンズ市保健課と共同研究でベトナム系アメリカ人の健康問題、保健サービスアクセスについての評価も仕事として開始しました。これはマーク先生(担当教官)とニューオーリンズ市保健課がお給料(謝金)を出してくれます。成功すれば大きな事業に展開する可能性があるので、プレッシャーです。この仕事の声をかけてくれたのはマーク先生です。

ニューオーリンズ市保健課とのミーティングに突然呼び出され、

マーク先生:「アイコのベトナム移民の論文はとても素晴らしかったよ。市の保健課と健康関連のニーズアセスメントをするのだけど、主研究者にならない?この夏はニューオーリンズにいるんでしょ?」(アメリカ人は人を大げさに褒めるのが本当に上手!)

私:「えっと、先生M&Eの仕事で週30時間働いているのと、ヒューストンの研究もあるのですが。。。」

マーク先生「Yes,You can do it!」(あなたオバマ大統領ですか。。。汗)

私:「はあ(汗)。I can do it?」

こんな感じで2つの仕事が同時並行して始まりました。マーク先生のハーバード大学、ミシガン大学、ニューヨーク大学などと共同している研究(カトリーナ10周年からみたベトナム移民の健康やニューオーリンズ市民へのカトリーナの影響について)の会議にも参加させてもらい、マーク先生がStrategic(戦略的)に私の博士論文テーマをハリケーンカトリーナとベトナム移民へ移せないか駆け引きを始めだした気がします(この内容はPoliticalで深い問題なのでまた後日書きます)。

会議続きで忙しかった今週1週間に加え、来週はなんと私が特別講師として社会学部の学部生に移民と健康について授業をする予定です(パワーポイントがまだ未完成でやばい!)。

コピーロボットがほしい。一日の85%は学校の仕事や研究関連のことを考えて最近は眠りが浅いです。早く慣れて軌道に乗ってほしいです。






2015年5月31日日曜日

肌の色

同級生で同じ博士課程の学科で勉強するバルバトス人の女友達。皆さんバルバトスってどこ?と思う方いらっしゃるかと思うのですがカリブ海にある小国です。ジャマイカ、ハイチ、キューバなどが近いです。バルバトス人で有名なのは米国で活躍する歌手のリアーナ(Rihanna)です。

彼女ともオフィスを共有し、勉強やプライベートの話をよくするのですが、人種差別について何度か語ったことがありました。

バルバトス人の多くは黒人です。彼女は目が大きくてかわいらしい女の子ですが、そんな彼女でも米国に住んでからたくさんの差別にあってきたというのです。彼女がニューオーリンズに住む前はボストン大学のMPHで勉強していました。ボストンでの差別はひどいものだったというのです。

ボストンで市バスに乗ってバスから降りるためにベルを鳴らしても、白人の運転手は彼女を降ろしてくれず彼女が降りたかったバス停を通過したりすることもあったそうです。あとは白人から冷たい目で見られる、冷やかしなど差別にあった経験は様々。

一方ニューオーリンズに引っ越ししてからはそのような差別には一度も遭遇したことがないらしいです。おそらくニューオーリンズは黒人の割合(全体の40%)が大きいことが差別が少ない理由のひとつかもしれません。ニューオーリンズのローカル人はフレンドリーです。

アイコは差別にあったことがあるか?と彼女に聞かれましたが、考えてみてもないかもしれません。気がついていないだけか。。。

彼女が私に差別の経験を語ることができるのも、私が白人じゃなくてアジア人だからなのかもしれません。

米国に住んで思うのは、白人と黒人の壁は厚く簡単には崩れそうにないと思うことです。まず大学院で勉強できるのは裕福な白人層が大多数。黒人は本当に一握りです。黒人の教授は公衆衛生大学院内には数人だけだと思います。

住む場所、教会、好むレストランなども人種によって分離されているような気がします(別に法律で決まっているとかではなく、自然に分かれています)。白人、黒人、アジア人、ラティーノ等様々です。そして白人はどう思っているかわかりませんが、白人以外の人種は自分の人種にかなり意識をしているような気がします。

例えば白人でストレートで博士課程まで進学できた学生がいれば、白人以外の人種は「あの子は今まで何も苦労せずに裕福な家庭に育ったから博士課程まで進めたんだ」などちょっと嫉妬を込めて思っている人が結構いる気がします。

こういう心の中は仲良くなってからじゃないと見えないかもしれません。ちなみに私はここで白人、黒人という言葉を出していますが、色で人を例えるのはRacist(人種差別主義者)のようで極力使いたくはないです。授業や論文では白人はCaucasian、黒人はAfrican Americanという言葉を用いている場合が多いと思います。

ちなみにWalmartで買い物していたらスペイン語で話しかけられたことがある私。ラテン系に見られるのか私の顔?(笑)。いや違うでしょ!(汗)といいたくなる瞬間でした。



2015年5月21日木曜日

ニューオーリンズがホラー映画に

今回はじめてニューオーリンズから脱出したくなりました。ニューオーリンズが夜ホラー映画化しています。背筋がぞくぞくします。

原因はシロアリの大群です!!

シロアリとニューオーリンズでGoogle検索してみて下さい。閲覧注意です!

母の日以降、ニューオーリンズ市内には羽根つきのシロアリ大群が町中で飛んでるんです(涙)。特に住宅街で庭や木々がたくさんある地域です。そう、この私が住む地域、ニューオーリンズの世田谷区も夜8-10時はシロアリに占領されています。

昨日はついに私の家にも幼虫や成虫が外から入りこみ大パニックになりました(|| ゜Д゜)

大家さんにどうにかして下さい!と連絡すると、「This is New Orleans」と一言!!(゜ロ゜ノ)ノ

ロータリー国際親善奨学生時代にお世話になった地元のロータリーアンに連絡すると、

「春の風物詩だよ、Aiko。あと3-7週間は続くでしょう。諦めて一緒に暮らしなさい。」と。。。( TДT)

シロアリはこの時期光りに寄せつけられてしまうため、夜8-10時までは家を真っ暗にしています。窓の隙間から光りをめがけて入ってくるらしいです。夜10時以降は不良活動せずにまた巣に戻っていきます。うちの大家さんの仕事はペストコントロールです。このアパートにシロアリはいないはずだと言い切っています。シロアリの大群は外からと言っています。そうだと願いたい(汗)。

修士の時も住宅街に住んでいたことがあったのですが、夏休みはニューオーリンズに滞在せずにタイとアフリカで過ごしたのでこんなことがあるとは知りませんでした。

シロアリが落ち着くころにはハリケーンのシーズン到来です。ニューオーリンズ恐るべし!

2015年5月17日日曜日

PhDの夏休み始まり始まり

夏休みに入り、6月1日からほぼフルタイムなみにリサーチアシスタントとして働きはじめます。仕事の内容はまた6月以降に書きます。

夏休みに入っても毎日オフィスに来てる私。典型的なワークホリックです。今日も土曜日なのにオフィスで半日過ごしてしまいました。ヒューストンの調査が始まる前に細かい文書を倫理委員会に提出しなければいけず、その文書作成をしていました。私がprincipal investigator(研究責任者)として3人の教授からも意見を聞き、ほかの修士の学生さんとリサーチアシスタントを引っ張っていかなければいけないので大変です。予算案も計算しアシスタントのお給料まで計算しています。

また前職で書いた論文が残念ながらreject(落とされた)されたので、また新しい学術雑誌に出す準備をしています。しかし、いつも思うのが

It never seems to be over (いつまで経っても終わりそうにない)...

何かを終えてもまた次の課題に追われています。夏休み期間中に春セメスターの上級分析コースで書いたペーパーを論文として出したいので、この夏はヒューストンの調査、2本の論文提出、リサーチアシスタントの仕事でいっぱいいっぱいになりそうです。

春セメスターの上級分析コースでAを取りました。クラスでAを達成した人は数人のみかと思います。今のところAをとった人は私以外知りません。いいペーパーだったに違いない!とself-esteem(自尊心)高めな私(汗)。マーク先生にひとまず査読してもらっています。

これに加え、夏休み後半には短期間タイに訪問して、博士論文の準備もせねばいけません。米国の看護師試験はこのままでは夢で終わりそうです。

こんな感じのPhD夏休みですが、楽しみます!勉強好きな人はぜひPhDへ!土日に学校来てるのはPhDの学生しかいません(汗)。


2015年5月9日土曜日

消えた自転車

OMG!!!!!( ; ゜Д゜)私の大切な相方が消えた―!えーどういうこと?!*OMGとはoh my godの略です。

試験とペーパーの提出が終わり、のんきにミシシッピ川を眺めていた後に事件が起こりました。下の写真はニューオーリンズから見える川の様子。

私の自転車が盗まれてしまったのです。去年も一台私の自転車が盗まれ、半年前に新しい自転車を買ったばかりでした。今回盗まれた場所はフレンチクォーター近くの繁華街。チェーンをして自転車置き場にとめていたのに。

アメリカは日本よりも治安が悪く、自転車の盗難は日常茶飯事です。何人かの私の友人も盗まれた経験があります。盗んだ自転車を売って儲けるそうです。他人の自転車を勝手に売るなんて本当に腹が立ちます(*`Д´)ノ!!!

しばらくは路面電車とバスで移動しようと思います。トラウマタイズされてしまいました。

タイのメソットの方が貧しい人が多いけど、こんな経験は向こうで一度もなかったのに(涙)。