2015年5月31日日曜日

肌の色

同級生で同じ博士課程の学科で勉強するバルバトス人の女友達。皆さんバルバトスってどこ?と思う方いらっしゃるかと思うのですがカリブ海にある小国です。ジャマイカ、ハイチ、キューバなどが近いです。バルバトス人で有名なのは米国で活躍する歌手のリアーナ(Rihanna)です。

彼女ともオフィスを共有し、勉強やプライベートの話をよくするのですが、人種差別について何度か語ったことがありました。

バルバトス人の多くは黒人です。彼女は目が大きくてかわいらしい女の子ですが、そんな彼女でも米国に住んでからたくさんの差別にあってきたというのです。彼女がニューオーリンズに住む前はボストン大学のMPHで勉強していました。ボストンでの差別はひどいものだったというのです。

ボストンで市バスに乗ってバスから降りるためにベルを鳴らしても、白人の運転手は彼女を降ろしてくれず彼女が降りたかったバス停を通過したりすることもあったそうです。あとは白人から冷たい目で見られる、冷やかしなど差別にあった経験は様々。

一方ニューオーリンズに引っ越ししてからはそのような差別には一度も遭遇したことがないらしいです。おそらくニューオーリンズは黒人の割合(全体の40%)が大きいことが差別が少ない理由のひとつかもしれません。ニューオーリンズのローカル人はフレンドリーです。

アイコは差別にあったことがあるか?と彼女に聞かれましたが、考えてみてもないかもしれません。気がついていないだけか。。。

彼女が私に差別の経験を語ることができるのも、私が白人じゃなくてアジア人だからなのかもしれません。

米国に住んで思うのは、白人と黒人の壁は厚く簡単には崩れそうにないと思うことです。まず大学院で勉強できるのは裕福な白人層が大多数。黒人は本当に一握りです。黒人の教授は公衆衛生大学院内には数人だけだと思います。

住む場所、教会、好むレストランなども人種によって分離されているような気がします(別に法律で決まっているとかではなく、自然に分かれています)。白人、黒人、アジア人、ラティーノ等様々です。そして白人はどう思っているかわかりませんが、白人以外の人種は自分の人種にかなり意識をしているような気がします。

例えば白人でストレートで博士課程まで進学できた学生がいれば、白人以外の人種は「あの子は今まで何も苦労せずに裕福な家庭に育ったから博士課程まで進めたんだ」などちょっと嫉妬を込めて思っている人が結構いる気がします。

こういう心の中は仲良くなってからじゃないと見えないかもしれません。ちなみに私はここで白人、黒人という言葉を出していますが、色で人を例えるのはRacist(人種差別主義者)のようで極力使いたくはないです。授業や論文では白人はCaucasian、黒人はAfrican Americanという言葉を用いている場合が多いと思います。

ちなみにWalmartで買い物していたらスペイン語で話しかけられたことがある私。ラテン系に見られるのか私の顔?(笑)。いや違うでしょ!(汗)といいたくなる瞬間でした。



2015年5月21日木曜日

ニューオーリンズがホラー映画に

今回はじめてニューオーリンズから脱出したくなりました。ニューオーリンズが夜ホラー映画化しています。背筋がぞくぞくします。

原因はシロアリの大群です!!

シロアリとニューオーリンズでGoogle検索してみて下さい。閲覧注意です!

母の日以降、ニューオーリンズ市内には羽根つきのシロアリ大群が町中で飛んでるんです(涙)。特に住宅街で庭や木々がたくさんある地域です。そう、この私が住む地域、ニューオーリンズの世田谷区も夜8-10時はシロアリに占領されています。

昨日はついに私の家にも幼虫や成虫が外から入りこみ大パニックになりました(|| ゜Д゜)

大家さんにどうにかして下さい!と連絡すると、「This is New Orleans」と一言!!(゜ロ゜ノ)ノ

ロータリー国際親善奨学生時代にお世話になった地元のロータリーアンに連絡すると、

「春の風物詩だよ、Aiko。あと3-7週間は続くでしょう。諦めて一緒に暮らしなさい。」と。。。( TДT)

シロアリはこの時期光りに寄せつけられてしまうため、夜8-10時までは家を真っ暗にしています。窓の隙間から光りをめがけて入ってくるらしいです。夜10時以降は不良活動せずにまた巣に戻っていきます。うちの大家さんの仕事はペストコントロールです。このアパートにシロアリはいないはずだと言い切っています。シロアリの大群は外からと言っています。そうだと願いたい(汗)。

修士の時も住宅街に住んでいたことがあったのですが、夏休みはニューオーリンズに滞在せずにタイとアフリカで過ごしたのでこんなことがあるとは知りませんでした。

シロアリが落ち着くころにはハリケーンのシーズン到来です。ニューオーリンズ恐るべし!

2015年5月17日日曜日

PhDの夏休み始まり始まり

夏休みに入り、6月1日からほぼフルタイムなみにリサーチアシスタントとして働きはじめます。仕事の内容はまた6月以降に書きます。

夏休みに入っても毎日オフィスに来てる私。典型的なワークホリックです。今日も土曜日なのにオフィスで半日過ごしてしまいました。ヒューストンの調査が始まる前に細かい文書を倫理委員会に提出しなければいけず、その文書作成をしていました。私がprincipal investigator(研究責任者)として3人の教授からも意見を聞き、ほかの修士の学生さんとリサーチアシスタントを引っ張っていかなければいけないので大変です。予算案も計算しアシスタントのお給料まで計算しています。

また前職で書いた論文が残念ながらreject(落とされた)されたので、また新しい学術雑誌に出す準備をしています。しかし、いつも思うのが

It never seems to be over (いつまで経っても終わりそうにない)...

何かを終えてもまた次の課題に追われています。夏休み期間中に春セメスターの上級分析コースで書いたペーパーを論文として出したいので、この夏はヒューストンの調査、2本の論文提出、リサーチアシスタントの仕事でいっぱいいっぱいになりそうです。

春セメスターの上級分析コースでAを取りました。クラスでAを達成した人は数人のみかと思います。今のところAをとった人は私以外知りません。いいペーパーだったに違いない!とself-esteem(自尊心)高めな私(汗)。マーク先生にひとまず査読してもらっています。

これに加え、夏休み後半には短期間タイに訪問して、博士論文の準備もせねばいけません。米国の看護師試験はこのままでは夢で終わりそうです。

こんな感じのPhD夏休みですが、楽しみます!勉強好きな人はぜひPhDへ!土日に学校来てるのはPhDの学生しかいません(汗)。


2015年5月9日土曜日

消えた自転車

OMG!!!!!( ; ゜Д゜)私の大切な相方が消えた―!えーどういうこと?!*OMGとはoh my godの略です。

試験とペーパーの提出が終わり、のんきにミシシッピ川を眺めていた後に事件が起こりました。下の写真はニューオーリンズから見える川の様子。

私の自転車が盗まれてしまったのです。去年も一台私の自転車が盗まれ、半年前に新しい自転車を買ったばかりでした。今回盗まれた場所はフレンチクォーター近くの繁華街。チェーンをして自転車置き場にとめていたのに。

アメリカは日本よりも治安が悪く、自転車の盗難は日常茶飯事です。何人かの私の友人も盗まれた経験があります。盗んだ自転車を売って儲けるそうです。他人の自転車を勝手に売るなんて本当に腹が立ちます(*`Д´)ノ!!!

しばらくは路面電車とバスで移動しようと思います。トラウマタイズされてしまいました。

タイのメソットの方が貧しい人が多いけど、こんな経験は向こうで一度もなかったのに(涙)。


2015年4月27日月曜日

期末テスト終了まであと10日

4月の上旬からずっと勉強し続けています。今かなり追い込みです。2本のペーパー(論文)の1本は書き上げ、あと1本は残りDiscussionのみになりました。ゴールはもう少しです。ずっとパソコンを見続けているので、肩こりが激しいです。

プレゼンも火曜に1本と、5月上旬の疫学の最終テストが残っています。

PhDに入って思うのは、文章を書く量が増え、英文を書く速度が速くなっている気がします。私は英語で論文を書いたあと、絶対にアメリカ人の友人などに文法ミスなどをチェックしてもらっています。私が書いたそのままの英文では提出しません。なので、他のPhDの学生よりも早く論文を書き上げ、英文をチェックしてもらいます(提出日ぎりぎりまで書いていたら、英文のチェックもできません)。

修士課程の時よりも、英語で書く力は前の職場と今の勉強で比べものにならないほど鍛えられたかと思いますが、やっぱり日本語が母国語なので完璧にはならない。私の書いたままの英文で論文を提出してもいいけど、アメリカ人の教授がもし仮に私の文法ミスなどを発見すると、論文の内容よりも英語直しに目がいってしまい、論文の内容までも悪くみえたりするのでそれは避けたいです。

留学生の中には、ネーティブイングリッシュスピーカーに英語をチェックしてもらわずに、提出する人がいますが、そんなことをし続けると書く英語の力は伸びないと思います。私でも彼らの英文ミスなどを簡単にみつけることができます(特にパワーポイントのプレゼンなど)。

アメリカに何年も住んでいる留学生でも、上記のように英文を直さない人、驚くべきにたくさんいます。Eメールでも彼らの間違えは簡単にみつけてしまいます。英語の間違えを教えてもらうのは恥ずかしいかもしれないですが、間違えを知らないで一生を迎えてしまうほうが私は恥ずかしいような気がします(この人、アメリカに長期に住んでいるのに、こんな英文もきれいに書けないのかって思ってしまう)。

それから期末テスト明け早々に、リサーチアシスタントとして大学院内で働くことになったので、ソーシャルセキュリティーナンバーの申請なども学期末テストとともに同時進行しています。無事に5月は来るのか。。。

ラストスパートです。

2015年4月12日日曜日

Houstonの旅 続編

4月に入り、スーパー忙しいモードに入ってきました。今25ページあるペーパーを2本抱えていて、ヒューストン調査のプロポーザルも仕上げなければならず、本当に忙しいです。5月第2週目までに計50ページのペーパー(1本は英文雑誌に投稿します)を提出するのと、3つのプレゼンテーション、疫学上級編と上級研究分析コースの宿題と疫学上級編の最終試験があります。本当にどうしよ!!ってくらいあせっています。やばい。時間が足りないです。

論文投稿する予定の分析はRandom Effect Probit Modelを使い、はじめてのパネルデータ(5年分のニューオーリンズに住むベトナム系アメリカ移民のデータ)の分析なので本当に難しい。かっこいい分析方法に挑戦中です。

さて、ヒューストンの続きを書きます。

いろんなNGO関係者や牧師さんにも会ってきたのですが、問題はたくさんあるようです。戦争から逃れて難民キャンプで暮らしてきたカレン族の皆さんは読み書きを習う機会を戦争によって奪われ、ヒューストンに定住した半数(特に30代以上の夫婦)近くのカレン族難民は母国語の読み書きができません。当然、英語を話すことは難題です。

またその子どもたちで難民キャンプの教育で育った子どもたちは、米国の高等教育についていくことができず、ほとんどの子どもたちが米国の高校に入学しても卒業することができないということです。そうなると、まともに定職につくことができず、 と殺(豚や鶏を殺す農場)場などでしか就職先がみつからないそうです。

私のプロジェクトにリサーチアシスタントとして働いてくれるカレン族の女性は、通信大学で公衆衛生修士課程に所属し勉強している学生さんです。米国に定住したカレン族の中でも珍しく成功している事例だと思います。彼女は難民キャンプの孤児院で育ったらしく、ご両親がいません。独りで米国に移り住み、第2の人生を歩むことに決めたそうです。まだこの学生さんには会ったことがないのですが、会うのが楽しみです。がんばっているカレン族出身の女性と聞いて応援したくなりました。

春セメスターが終わるまであと1ヶ月。よっしゃがんばろう!




2015年4月3日金曜日

Houston ヒューストン

きたーーーーー!ヒューストーンーーーー!(о´∀`о)


先週から今週火曜までヒューストンに行ってきました。遊びじゃなくて現地調査です。アメリカに再定住したカレン族コミュニティーを訪問しました。関係NGOと面談をしたり、カレン族の教会も訪問しました。



カレン族をはじめとした、カチン族やカレンニ族の皆さんにも会いました。200世帯以上のミャンマーからの難民が住む集合住宅を訪問したのですが、すれ違う人の多くがサロンを着て歩いており、まるで国境の街メソトでした。

道ゆく人に「あの、ミャンマー出身ですか?何族ですか?どこの難民キャンプに住んでいましたか?アメリカには何年住んでいますか?」など私の日本語なまりがあるミャンマー語で質問しまくりました。まるで不審人物(汗)。こちらはニューオーリンズに住むビルマにメロメロのビルメロ族です!みたいな感じです(笑)。

ヒューストン滞在日記はまだ続きます。今日はこのへんまで。